Rochesterで数理政治学を学ぶ

アメリカ政治学博士課程留学サンプル

アメリカ政治学博士課程受験ガイド⑤志望校と進学先選び

志望校選び

SOPについての投稿でも触れたが、志望校を選ぶ時は最低2人以上関心が近くて教わりたいと感じる先生がいる大学を選ぶのが良い。1人だけだとその先生と意見が合わない時にセカンドオピニオンを求める相手がいないし、その先生が移籍・引退でいなくなる場合のリスクも大きい。

出願する校数については、シカゴ大学からはレベルをバランスよく10校出すように言われた。全落ちのリスクを回避するためには妥当な方針だろう。U.S. Newsで自分のサブフィールドのランキングを参照しつつTop10とTop20で相性が良い大学を選んでいけば、自然と10~15校くらいになると思われる。「多く出し過ぎる」というエラーは「出すべき所に出さない」というエラーに比べればマシだが、出願料やスコアの送付に一校あたり計15,000円程度かかる事や、推薦状を提出してくださる先生の負担を考えると、出し過ぎるエラーを完全に無視する事もできない。慎重に検討した上で、最後まで迷った大学には出願するというのが良いのではないだろうか。また志望順位は合格後にプログラムについてしっかり調べるといくらでも覆るので、出願前にはあまり細かく考える必要はないと思う。

数理政治学についてはランキングがないので総合ランキングを頼りに出願校を決めればよいが、私自身がPlacementを調べて作ったランキングもこの投稿で紹介しているので、合わせて参考にして頂ければ幸いである。

 

進学先選び

合格校とウェイトリスト校が出揃い志望順位を決める際には、各校を1)Placement (就職実績)、2)教授陣との相性、3)コースワークという要素ごとに比較した。オファーへの返答期限は全大学共通で4/15だが、ウェイトリストの結果は締切直前に分かる場合が多くギリギリで焦って決断してはいけないので、3月中にウェイトリストの大学も含めて志望順位を決めておいた方が良い。

サブフィールドごとの就職実績は公開されていない事が多いが、Placementのページに載っている卒業生の中で良い就職をしている人のサブフィールドを調べていけば、その大学がどれくらい有力な研究者を輩出しているのか推測できるだろう。合格すれば公開されている以上の細かいリストを見せてもらえる場合もあるし、リストがなくても合格者が質問すれば答えてくれるはずである。また自分の教わりたい教授が過去の指導学生のリストをホームページやCVに載せている場合があり、これが分かる場合には一番精度の高い情報となる。私の場合は数理政治学専攻の就職に①非常に強い、②強い、という2段階に分けた(自分の専攻が弱い大学にはそもそも出願しなくていいと思う)。

教授陣との相性については、たとえ研究関心が近くてもその先生が良い指導教官であるとは限らず、入学前の面談だけでそれを判別するのは難しいため、選択肢を広げるため関心が近い先生がなるべくたくさんいる大学に行く事が重要である。他方、非常に関心が近く教わりたいと強く感じる先生(例えば自分の研究テーマのレビュー論文を書いているなど)がいる事も重要だと思う。私は両者を加味して、①関心が近い先生が3人以上かつうち1人と特に関心が近い、②関心が近い先生が3人以上、もしくは関心が近い先生が2人かつうち1人と特に関心が近い、という2段階に分けた(もし②までで十分な出願校が集まらなければ③関心が近い先生が2人、という所まで出願すべきだが、自分の場合は②までで10校以上集める事ができた)。

コースワークについては、計量は標準化されており大学間での差は小さいが、数理は発展途上であるため大学間での差が大きい。サブスタンスも取りたい授業が多い方が望ましい。私は①コースワークが充実している、②充実していない、の2段階に分けた*1

後はこれらにウェイト付けをして総合すれば志望順位が決まるが、私の場合はコースワークを特に重視した。というのも、経済学のように日本でもコースワークが整備されていて修士までに基本的なトレーニングを済ませて留学できるのであれば、博士課程では研究環境に重きを置くべきなのだろうが、コースワークの整備されていない日本の大学で政治学を専攻した私は、修士課程留学を通じてある程度取り返したものの依然として研究を始められるほどの基礎が固まっていないという自覚があり、もう2年間しっかりと勉強したいと考えたからである。

最後に、今後の研究者人生を直接的に左右するアカデミックな要素の方が重要であるとはいえ、生活の充実が研究の生産性に影響するという点も無視はできない。もしアカデミックな点で最後まで無差別な大学が複数残るなら、物価を加味した給料額*2や住環境(気候・治安など)といった生活面を考慮して、これから5年間を楽しく過ごせそうな場所を選んでもバチは当たらないだろう。

結果として私の場合は、Rochesterは指導教員候補の先生方との相性が良く(2: ①)、かつ教え子たちが近年Princeton、Vanderbilt、Caltechといった有力大学でテニュアトラックに乗っているのに加え(1: ①)、数理政治学の発祥地だけあって数理のコースワークが非常に充実している上に、意外にもサブスタンスの授業も充実しており納得のいく博士前期課程を過ごせそうだと感じた事が決め手となって(3: ①)、Rochesterへの進学を決めた。なおRochesterの物価が比較的安く、生活面で大きな不安がなかった事も後押しとなった。総じて不安と言えば、カナダ国境付近に位置するRochesterは冬が寒いという点くらいだろう。それも徒歩10~15分の寮からキャンパスへのシャトルバスが出ているという事で、大きな不安とはならずに済んだ。

私が先生方から頂いたアドバイスの中では、John Mark Hansen教授のものが特に役立った。

“The big difference between PhD programs is generally not quality of training as much as the culture of the place – the kinds of questions students are encouraged to frame, the sorts of approaches they are encouraged to adopt, the types of methods they are encouraged to apply. It’s what causes it to make sense when somebody is described as a ‘Berkeley product’ or a ‘Yale product’ or a ‘Chicago product.’ The choice students are making is what kind of ‘product’ they want to be. And the best indicator of what a student is going to look like as a scholar in 4 or 5 years is what the 4th and 5th year students look like today.”

これを私の場合にあてはめると、Rochesterは理論が必修であり、他の大学よりレベルの高い理論の授業も多く開講されている。加えてサブスタンスの授業でも理論と実証がバランスよく扱われ、学部全体として理論を重視しているスタンスが明らかだった。政治学における実証の比重が高まる中、こうした大学はアメリカ中(そしておそらく世界中)どこを探してもRochester以外には見当たらないので、Rochesterは自分に合った大学だと思わせてくれるアドバイスだった。

*1:PhD2年目追記:1年を経て授業について感じる事を4つ付け加えたい。1つ目は、「授業の中で特に重要なのはメソッド」という点である。まず前提として、授業の価値を決めるのは「体系性」と「自習した場合の難易度」だと思う。経済学や理系分野のように理論的に体系化された分野では、大学院レベルでも教科書を使った授業を通じて体系的な知識を得られるのかもしれない。だがまだその段階に達していない政治学では、大学院レベルのサブスタンス(applied theoryを含む)の授業は論文を通じた雑多な学習であり、メソッドのように授業を通じて体系的な知識が得られるという感覚はない。(もちろん中には、体系性への意識が高く論文間の関係が見えるような素晴らしいサブスタンスの授業も存在する。だがサブスタンスの授業の全てがそうしたクオリティーの高いものではないし、シラバスを見ただけで事前にそれを識別する事はできないので、いずれにしても大学院選びの基準とする事は難しい。)加えて、サブスタンスの論文は自分でも読む事ができるのに対して、大学院レベルのメソッドを自習する事は困難である。したがって授業について検討する際には、特にメソッドを重視する事をお勧めする。

2つ目に、数理政治学専攻の場合「経済数学をMath Campではなく通常の講義で学習できる大学を選ぶ」のは重要だと思う。Math Campは殆どの人が既習と想定される内容を素早く復習する事が目的なので、未習の人が受けるのには適していない。経済学のトップスクールではReal Analysisを中心とする経済数学を既に学習している事が当然視されるので、Math Campを通じて軽く復習するのみに留める大学も少なくない。修士課程までに経済数学を履修済みの場合この点を気にする必要はないが、私のように博士課程に入ってから勉強する場合は、今後の基礎を形作る最も重要な科目の一つである数学をじっくりと学習できる事は、極めて重要である。

3つ目も数理政治学に特有の話だが、「経済学部のレベルが高すぎない大学に行く事」も意外と大事かもしれない。どんなトップスクールに行っても、政治学部の授業だけでは数理の学習は不十分なので、経済学部に経済数学やミクロ経済学の授業を取りに行く事は必須である。だが同じトップスクールでも政治学部と経済学部とでは学生の数学的レベルがまるで違うので、レベルの高すぎる経済学部に授業を取りに行くと、授業に全くついていけないという可能性が否定出来ない。(実際、経済学部の人ですら苦手科目で進級ギリギリの成績を取るというのは全く珍しくないようである。)ロチェスター大学の経済学部は総合でTop30、ミクロ経済学でTop20という事もあり、現在受けている経済数学の授業は幸いにして自分が2年目に受講していてちょうどいいレベル感である。そもそも数理政治学専攻で総合Top10(経済学も近いレベルである事が多い)に受かるような人は経済学バックグラウンドで数学に強い人が多いので、この点を理由にあえて進学する大学のレベルを落とす必要は実際問題あまりないと思うが、万が一数学的バックグラウンドが強くないにもかかわらず経済学部のレベルが非常に高い大学に進学しようとしている場合は、一応この点にも注意する事を勧めたい。

ここまでの3つはロチェスター大学を選んで良かったと思う理由でもあるが、4つ目はロチェスター大学の欠点だと私が感じる点である。それは、「1年目は授業を1学期4科目受けなければならない」という履修規定である。全体を通じて14科目履修するというのは多すぎる事はないが、これは本来1、2年目に1学期3科目ずつ、3年目に1学期1科目ずつ履修する事で達成できるはずである。この規定は恐らく2年目以降は研究に時間を割いてほしいという意図から来るのだろうが、1学期4科目というのは私にとってはオーバーワークだった。確かに単に課題をこなすだけなら4科目も不可能ではないのだが、じっくり1科目ずつに時間をかける事ができないので深い学びが得られず、「ただこなしているだけ」という感覚が否めなかった。多くの授業を受ければそれだけ多くの知識が得られるというわけではなく、一科目一科目を深く学習できる適切な数の授業を履修する方が、得られる知識は多くなると考えられる。ロチェスター大学は年度ごとの開講科目の変動が大きいので、偶然受けたい科目が多かった昨年は結局4科目ずつ履修するのが最適だったようにも思えるものの、一般論としては1学期3科目の履修を認めてくれる大学の方が望ましいと思う。

*2:名目額では大学間で大差が無いように見えても、大都市と地方では物価が倍以上違う事もある点を考えると、実質額では大学ごとに結構なバラつきがあると感じる。一人暮らしに慣れている人にとってはルームメイトが必須という環境はストレスフルだろうし、あるいは留学に家族を連れていきたいと考えている人にとっては、物価の安い地域を選ぶ事はほとんど必須だろう。この注は留学開始後に追記しているのだが、物価というのは留学前に思っていたよりも重要な考慮要因だと感じるようになった。