Rochesterで数理政治学を学ぶ

アメリカ政治学博士課程留学サンプル

「Formal Theory=方法論」という誤解

「Formal Theory=方法論」というのはよくある誤解だが、この根源にはアメリ政治学と比較政治学アメリカ以外の政治)を区別するというアメリカの政治学の特徴が関係していると思う。その理由を説明するために、少し遠回りしてFormal Theoryという分野を取り巻く状況を考えてみよう。

Formal Theoryは大学のカリキュラムで基本的に方法論という扱いを受けており(ロチェスター大学ですらそう!)、そこではPure TheoryとApplied Theoryとが区別されていない。だが、前者は個人の意思決定、社会的選択理論、ゲーム理論といった政治学にも応用可能なミクロ経済学の一部、及びその基礎にある数学を指しており、後者はそれらを応用した国内政治・国際政治の理論を意味している。こう説明すれば明らかであるように、Pure Theoryは方法論、Applied Theoryはサブスタンスである。

これらを混同する事で何が起きるかというと、まずは「Formal Theory専攻=サブスタンスに関心がない」という誤った先入観である。そもそも数理という方法論にしか関心がないなら経済学部に入ってミクロ経済学者を目指すのだから、政治学部でFormal Theoryを専攻している時点で、政治のサブスタンスに関心がある事はほとんど自明のはずである。しかし残念ながら、就職活動においてFormal Theory専攻はこうした誤解に頻繁に直面するようである。

そこで対策として必要なのが、「サブスタンスの専門性の強調」である。国際政治の理論家ならこの点で苦慮する事はないが、問題は国内政治の理論家である。アメリカではアメリ政治学と比較政治学を区別している以上どちらかを選ぶ必要があるが*1、そもそも数理モデルというのは一般性の高い理論を構築するためにあるので、アメリカ政治にしかあてはまらない理論に興味があるというのは、Formal Theoristとして自然なスタンスではない。では比較政治学を専攻すればよいかというと話はそう単純ではなく、「比較政治学は実証研究中心の分野」とされているため、比較政治学の授業では実証研究を中心に教える事になり、比較政治学の就職では実証研究者が有利になる。そのため、授業で理論研究と実証研究をバランスよく紹介する事も少なくなく、分野として比較的理論を重視しているとされているアメリ政治学の方が、Formal Theoryとセットで専攻しやすいのである(実際、私が知る限り「比較政治学×数理」よりも「アメリ政治学×数理」という人の方が多数派である)。だがこの選択は、アメリカ政治だけでなく国内政治一般に興味があるという多くのFormal Theoristにとっては、ベストな選択とは言い難い。

このように比較政治学はFormal Theoryと相性の悪い専攻になってしまっているわけだが、ではそもそもなぜ「比較政治学は実証研究中心の分野」なのだろうか。それは、Formal Theoryを独立した分野として扱う事で、残された実証研究が必然的に比較政治学の中心を占めるからだと考えられる。ではなぜFormal Theoryを独立した分野として扱う事になったのだろうかという疑問が次に湧くが、それは、「アメリ政治学と比較政治学を区別する」という慣習が原因だと思われる。すなわち、一般理論の構築を目指すFormal Theoristにとって、アメリ政治学と比較政治学を区別する事には違和感がある。そこで、両者の理論を統合するためFormal Theoryを独立した分野として扱う必要が生じたのではないだろうか(実際、両者の理論を統合して紹介するFormal Models of Domestic Politicsという教科書が書かれている)。この議論が正しいのであれば、そもそもFormal Theoryという分野は国内政治の理論がアメリ政治学と比較政治学に分断されてしまうのを避けるために生まれたにもかかわらず、その名称から方法論的な分野であるという誤解を受けているせいで、結局アメリ政治学か比較政治学かどちらかを選ばないとサブスタンスの専門性を強調できないという皮肉な事態に陥っているのである。

ではこの事態を解決するにはどうすればよいのだろうか。一番手っ取り早いのは、「アメリ政治学と比較政治学を区別する」という慣習を撤廃する事である。そうすればFormal Theoryを独立した分野として扱う必要はなくなるので、現在Formal Theoristと呼ばれている人たちは国内政治・国際政治の理論家と呼ばれるようになり、方法論的な関心しかないという誤解を受ける事もなくなるだろう。だがアメリカ政治はアメリカにとって自国の政治であるだけに関心も高く、先行研究も多いので、この縦割り区分を解消するのは容易な事ではないだろう。であるなら、次善策はやはり「Formal Theory=方法論」という誤解を解く事である。Formal Theoryはあくまでもサブスタンティブな分野であるという理解が浸透すれば、Formal Theory専攻の学生はアメリ政治学or比較政治学という理不尽な選択を迫られずに済むし、就職活動も随分スムーズなものになるだろう*2

だがこれはあくまでもアメリカ特有の次善策であって、国内政治研究がアメリ政治学とそれ以外という様に分断されていない国では、そもそもFormal Theoryを独立した分野として扱う必要はなくなる(ここから他国が得るべき教訓としては、自国政治を特別扱いしたくなる誘惑を抑え、あくまでも国内政治の一般理論の中に位置づけるべきという事だろう)。「国内政治」「国際政治」という2区分を前提に、さらにテーマごとに分けるのが自然なサブフィールドのあり方だろう。あるいは、国内政治と国際政治にまたがるテーマの関連性を重視するなら、Duke大学のサブフィールド区分は納得のいくものだと思う。比較政治学の中からアメリ政治学と対応する「政治制度論」「政治行動論」を取り出して合併し、残された「比較政治経済学」「内戦」をそれぞれ国際関係論の中の「国際政治経済学」「国際安全保障」と合併して「政治経済学」「安全保障論」というサブフィールドとして再編している。(政治哲学と政治学方法論はそのまま。)「アメリ政治学」「比較政治学」「国際関係論」という伝統的な区分よりも、「政治制度論」「政治行動論」「政治経済学」「安全保障論」という区分の方が、政治学がどのような内容を研究しているのか一目瞭然である。多くの大学がDuke大学と同じ区分を採用してくれるのが理想的だが、残念ながら伝統的な区分の採用がナッシュ均衡となっている現状では、一校だけ逸脱しても学生が就活で割を食ってしまう。いつかDuke大学を筆頭とする大規模なCoordinationが起きる日は来るのだろうか。

*1:両方選ぶ事も不可能ではないと思うが、少なくとも私はそういう人を見た事がないし、両方中途半端な知識しか持っていないと思われる恐れがあるので良い選択ではないのだと思う。

*2:さらに言うと、アメリカにおけるサブフィールド区分のうちPolitical TheoryもFormalなものを指すようになるのが望ましいと思う(例: 早稲田のHun Chung先生)。これは哲学的アプローチが無意味だからではなくて、そうした哲学的アプローチの研究は哲学部にも居場所があるし(実際、アメリカの大学の哲学部を見ると政治哲学が専門の先生も所属している)、政治学のその他のサブフィールドよりも法哲学宗教哲学といった他の哲学的分野の方が政治哲学とシナジーがあると思われるため、社会科学としての政治学を発展させるというアメリカの政治学部のスタンスを考えた時、Political Theory=Formalな規範理論とする方が、学部としての一貫性があると考えられるからである。なお、日本の大学は政治史・政治哲学といった人文科学的な政治学政治学科に共存する形を取っており、これはこれで一つのあり方だと思う。上の提案はあくまでも、社会科学としてのPolitical Scienceにコミットしているアメリカの政治学部に対する提案である。