昨年も指導教官の選び方について投稿したが、その後の経験を踏まえてより考えがまとまったと思うので、改訂版を投稿したいと思う。
以下は、正副に関わらず指導教官をお願いする先生を選ぶ上で私が重要だと考える要素である。
①研究業績
②研究関心の近さ
③指導熱心であること
①「研究業績」については、「研究業績があればあるほど良い指導教官の可能性が高い」という意味ではない。むしろ研究業績が凄い先生の中には、自分自身の研究が最優先で学生の指導にあまり時間を割かない先生もいるし、研究業績が凄くなくても指導教官として素晴らしい先生もいる。とはいえ論文のパブリッシュ経験が豊富な先生のフィードバックの方が信用できる事も間違いないので、一定以上の研究業績がある先生を選ぶべきだと思う。
②「研究関心の近さ」は改めて言うまでもないが、研究関心が近い先生ほど精度の高いフィードバックを期待できるため、関心の近い先生を選ぶのは重要である。
③「指導熱心である」というのは、論文のドラフトへのコメントを依頼した際に、丁寧にドラフトを読んだ上でコメントを下さるという「質」の側面と、特別忙しい事情が無い限り早めに対応して下さるという「速さ」の側面を意味する。まず「質」についてだが、他大学の先生にコメントをお願いする際には学会のDiscussantを除き丁寧にドラフトを読んでもらえる事は期待しない方がよく、したがって綿密なフィードバックを期待できるのは自分の大学の先生だけであるため、「ざっと目を通して印象を述べる」という他大学の先生に期待する対応しかして下さらないのであれば、指導教官をお願いする意義が乏しいからである。
「速さ」については、対応を先延ばしにされると研究の進捗に支障をきたすため、なるべく早く対応して下さる先生を選びたい。私の経験上「1週間後くらいにミーティングして頂けますか」と依頼すれば、繁忙期でない限りは快諾してくださるケースが多いと思う。ただし注意点としては、「対面で約束を取り付けること」である。ドラフトを添えてまずはメールでミーティングをお願いするが、メールの対応がマメでない先生も多いので、すぐに返信がない場合は直近のオフィスアワーに顔を出してお願いする。決まったオフィスアワーを設けていない先生もいるので(それはメールの返信がマメな先生だけに許される方式の気もするが、現実にはそうでない先生もいるので)、その場合はワークショップの後などに話しかければいい。メールの対応はマメでなくても指導熱心な先生もいらっしゃるので、仮にメールを無視されても気にせず対面でアプローチするメンタリティを持ちたい。また、学部のルールとして文章化したフィードバックを送る事になっている状況でも、常に口頭でのフィードバックしか行わないポリシーの先生もいるので、先生がどのようなポリシーをとっているか早めに把握し、文章化されたフィードバックを求めて無駄なリマインダーを送り続けるという事がないようにしたい(自分はこれで一度失敗している)。*1
一定以上の研究業績がある先生達の中で、研究関心が近くても指導熱心ではない先生と、研究関心は少し離れているが指導熱心な先生と、どちらからより多く有益なフィードバックを得られるかは難しい問題である。論文のドラフトを持って色々な先生にアプローチしてみて、これらのバランスを考えながらどの先生達にDissertation Committeeに入ってもらうか考える事になるだろう。
次に、その中で誰に正指導教官をお願いするかを考える上で、何を考慮すればいいだろうか。そもそも正指導教官と副指導教官との大きな違いとしては、正指導教官が学生の研究について最も大きな責任を持ち、したがって最も強い決定権限を持っている事と、就活時の推薦状の執筆者として一番重要な存在であるという点だろう。これをふまえ私が重要だと思うのは以下の要素である。
④研究の方向性の一致
⑤オープンに議論ができること
⑥指導学生のPlacement
④「研究の方向性の一致」については、良い研究の方向性は複数あるし、その中で自分がやりたい研究の方向性と指導教官の研究の方向性が異なると、良い研究なのに指導教官に否定されるという不幸な事態が生じかねない。例えば数理政治学の場合で言うと、理論には大きくpure theory(一般性の高い問題、数学的に難しい問題を解く事を評価する)とapplied theory(現実の理解・改善に役立つ具体的な知見を評価する)という2種類があり、pure theoristがapplied theoristに教わってもミスマッチだし、逆も然りである。政治学でpure theoryのパブリッシュは難しいので、経済学ジャーナルでの業績が多い先生はpure theory志向が強い可能性が高い。自分のやりたい研究の方向性によって、それと一致した方向性を持つ先生を選ぶべきだろう。
⑤「オープンに議論ができる」というのは、いくら研究の方向性が一致していても意見が合わないことはあるし、そういう時に一方的に先生の意見を強制するのではなく、きちんとこちらの意見も聴いて下さったうえで双方向的なやりとりが可能である事を意味する。自らの研究の責任は自分にあるため、仮に指導教官と意見が食い違ったとしても、最後は自分の考えを信じねばならない。したがってきちんと納得しない限りは先生の意見を研究に反映する事は出来ないので、先生の意見に対して反対意見を述べねばならない局面も出てくる。その際こちらの意見を踏まえて納得できる理由を言って下さらずただ助言に従うよう求めてくるのであれば、学生の学びには繋がらないだろう。初学者である学部生ならまだしも、大学院生はあと数年で自立した研究者にならねばならないので、盲目的に先生に従うべきではない。一方通行の指導ではなく、双方向的な議論ができる先生に教わるのが、自らの成長にとって重要な事だと思う。これが正指導教官に関して重要だと思うのは、正指導教官がOKを出す事が大学に論文を認めてもらう上で重要なので、副指導教官と意見が食い違っても正指導教官と合意形成さえできれば論文を完成させる事は可能だが、その逆は難しいと考えられるからである。逆に副指導教官の先生の立場としても、最終的な決定は正指導教官との相談で行われる事を想定しているはずなので、必ずしも自分を説得する事を求めてはいないだろう。したがって副指導教官に関してはこの要素はそこまで重要ではないと思う。
最後に⑥「指導学生のPlacement」については、Placementが良い事は指導の質の高さの証明でもあるし、過去に優秀な学生が多いほど、それらの学生と比較しながら説得力のある強い推薦状を書ける可能性が高い。
自分はこれらに従って納得のいく形で正指導教官、副指導教官の先生を決める事ができたが、結果的に、入学前には副指導教官としてすら教わる予定のなかった、関心が少し離れた先生が正指導教官になった。自分の場合は極端なケースだが、最も関心が近い先生を正指導教官と即断してしまうのはありがちなミスだと思う。関心が近くてもそれ以外の要素を考慮して別の先生に正指導教官をお願いした方がいいケースはいくらでもあると思うので、柔軟に判断していくべきだろう。