初めてAPSAに参加した記録を残しておきたいと思う。基本的な要領はMPSAと同じで、今回はPresidents and Executive Politicsセクションでのプレゼンだったが、それ以外の時間は数理政治学 セクションでプレゼンを聴きつつなるべくネットワーキングを試み、空き時間に観光するという過ごし方である。
Presidents and Executive Politicsセクションでのプレゼン
去年のMPSAでは数理政治学 セクションで同じ論文を報告したので、今回はサブスタンス側の人の意見を聴ける良い機会だと捉えて参加してみた。サブスタンスのセクションでは恐らくあるあるだと思うが、オーディエンスは5,6人で、プレゼンターとDiscussantが人口の半分を占めるというこじんまりとしたパネルだった。
人の少なさもあってそこまで気負わず報告できたが、たくさん練習して内容を覚えているはずでも、相変わらず本番は不安になってついスライドをたくさん見がちになるという前回の反省は繰り返される事になった。練習だけでなく、本番も数をこなす事で慣れるしかないのだろう。とはいえ、すぐ近くで聴いていた他のプレゼンターの一人が、自分が頷いてほしいタイミングで頷きながら聴いてくれていたので、一応きちんと内容は伝わっているという手応えは感じる事ができた。プレゼン中は話すのに必死なので、顔は部屋全体に向けていても意識は近くの人にしか及んでいない事が多いが、近くの人がそうやって頷いてくれるだけでも安心して話を進める事ができるので、今後も近くに一人でも頷いている人がいるかを意識しながらプレゼンをするようにしたいと思う。
APSAはMPSAとは違い、どの会場も大きなスクリーンがあって素晴らしい!
数理政治学 セクション
MPSAはパネル数が多く、教員中心のパネルと学生中心のパネルに分かれているのに対し、APSAはパネル数が少なく、各パネルの報告者は教員と学生(就活中の5,6年生が中心)が半々といった構成である。したがってMPSA以上にselectiveであり、ここで報告しているという事が、数理政治学 のジョブマーケットにおいて有力なcandidateである事を意味する。今年は数理政治学 の公募はないが、もしあったとすればこの人達による競争が行われるのだなと想像しながら話を聴いていた。
MPSAでも感じた事だが、「10-15分の短い持ち時間になるべく内容を詰め込む」という典型的なミスを犯しているプレゼンが非常に多かった。ロチェスター の先生からは「学会では要点となぜその論文がクールなのかだけを話せ」と言われており、60分以上の長いプレゼンで言えばイントロダクションに当たる持ち時間しかないので、そのアドバイス は妥当だと思うし実際今回の報告でもそれを守ったつもりだが、明らかに過剰な量のスライドを高速で流していくので全く内容が入ってこないプレゼンが少なくなかった。公平性のために言うと、数理政治学 セクションである以上はモデルを一切見せないのも変なので(特に就活目的の学生としては、モデラー としての力量もアピールしておきたいはずである)、多少はモデルに言及するのも仕方ないと思う。とはいえ細かいセットアップを1つ1つ説明するのは明らかに過剰だし、ましてや聴き手にnotationを覚えてもらおうとする等もってのほかである。モデルに言及するにしても、コアの部分の説明だけで十分だろう。「時間が短いから早口で多くの内容をカバーする」のではなく、「時間が短いからこそかえってゆっくり丁寧に要点だけをカバーする」というアプローチの重要性を実感した。APSAの数理政治学 セクションに通っている以上論文自体は質の高いものが多いはずだが、プレゼンのせいでそれが全く伝わっていない勿体ないケースが多かったので、来年以降自分はそうならないよう気を付けたい。
空出張でない事の証明写真のようなロケーションになってしまった
ネットワーキング
今回は少しずつネットワーキングも頑張ってみる事にした。就活本番ではなりふり構わずミーティングのアポをとりまくるべきだが、それはJob Market Paperが完成してから行うべきだと思うので、今回はそうではない形で少しずつ人脈を広げるアプローチをとった。指導教官からは「自分の事を知ってもらいつつ、かといってannoyingにはならないようバランスをとりなさい」とのお達しを受けており、確かに「勇気が出ず全然人に話しかけられない」という失敗も「逆にガツガツ行き過ぎて不快感を与えてしまう」という失敗も両方学生がやりがちな失敗だと思うので、他の人たちのネットワーキングを邪魔しない範囲で頑張って話しかけてみる事にした。(特にまだ業績がない学生の肩身は非常に狭いので、胸を張ってネットワーキングをできるよう早く業績を出したいという思いを強めた。)
ノルマとしては、既に話したことがある人全員に挨拶して自分の存在をリマインドする事と、1日1人は新しい人にも話しかける事である。今回は5人知り合いがいたが、無事全員に挨拶する事ができた。正直半分くらいの人は自分の事を覚えていなかったような気もするが、世の中知らない方が良い事もあると思うので、深くは考えないようにしたい。新しい人には3日の滞在で3人話しかけたので、一応ノルマクリアという事にしよう。またシカゴ大学 で修士 をやっていた時のクラスメイトを見かけたものの、向こうが自分を覚えているか分からず話しかけるか迷っているうちにタイミングを逃してしまっていたら、後から「あれShunsukeだよね…?」というメッセージが来て、どうやら向こうも似たような心境だったようである。当時自分は修士 1年生で相手が博士1年生、今は自分が博士4年生で相手が博士6年生である。あれから5年も経ったというのは信じられないが、修士 課程はコロナ禍でオンラインだったので、5年越しにようやく対面で会えかけたのは感慨深かった。(ちゃんと話せていたらもっと感慨深かったが…)
新しい人に話しかける戦略については、指導教官から「パネルの途中や後にプレゼンターに質問すると話しかけやすいよ」というアドバイス をもらっていたので、実行してみる事にした。ただ大変なのは、上記のように内容が伝わってこないプレゼンが多い中で良い質問を考える事である。絶対に話したい人がいるなら論文を予習して臨むのもありだが、完成されたJob Market Paperを持ち込んでいる学生報告と違って未完成論文を報告している事も少なくない教員報告については、予習ができないケースも多い。論文がない場合、直前の空き時間などにプログラムに載っているAbstractに目を通しておくだけでも内容が多少頭に入ってきやすいとは思うが、それだけでは不十分な事も多い。そういうわけで良い質問をするのはかなり難しいのだが、集中して何か一つでも的外れでない質問を考えるしかないだろう。
結果として、元々の知り合い及び新しい人を合わせ3人とはその後のメールのやりとりまで行い深い交流ができた。メールのやりとりをすると相手側にフルネームの記録が残って名刺代わりになるし、対面と違って時間をかけて質の高い返答ができるので、これは良いやり方だと感じた。(アメリ カのアカデミアでは名刺を渡す習慣が無い気がするので、メールが一般的なやり方なのかもしれない。名刺は失くされたら終わりだが、メールは確実に残るのでより良い手法だと思う。)今回はたまたま向こうから「メールを送ってくれたら論文を送るよ」と言ってくれたので自然とメールをやりとりする流れになったが、今後はそうした話の流れがなくても、「質問に答えてくれたお礼&フォローアップクエスチョン」という口実で毎回必ずメールを送っていきたい。(ただしannoyingにならないよう簡潔に!)
前にも述べた事があるが、ネットワーキングというのはほんの少し頑張るかどうかが長期的に大きな違いになって表れるものだと思う。パネルを聴きながら思いついた質問をまあいいやと流して帰ってしまうのか、思い切ってプレゼンターに聴いてみるのか、ほんの少しの差だがそれができるかどうかで知り合いの数は劇的に変わると思う。上でも述べたようにパネルを聴く事自体から得られるものはあまり多くないと思うので、パネルはネットワーキングの機会と捉えて前のめりで参加するべきだろう。
なお、今回は数理政治学 セクションのレセプションへの参加は見送った。こうした立食パーティーの類は自分のような内向的な人間が最も苦手とするシチュエーションで、これを打開するには①人に紹介してもらう、②自分で頑張る、という2つの作戦があると思うが、頼みとなる指導教官のうち数理政治学 者の先生は今回誰もAPSAに来ていなかったので、①は難しかった。②についても、今回は数理政治学 セクションで報告していないので、同じパネルの人に話しかけるという技も使えず、話しかけるきっかけが思いつかなかった。自然なきっかけが無い中で無理に話しかけるとそれこそannoyingな学生になってしまう危険があるので、鋼のメンタルで話しかけまくるというのは、就活中は必要な事だと思うがそれ以外の時期はやめておいた方がいいだろう。来年こそはぜひ指導教官の誰かに来て頂いて紹介をお願いしつつ、数理政治学 セクションで報告して自助努力もしたいと思う。
その代わりではないが、初めてAPSA日本人会に参加してみた。こちらについては知り合いの方がいたので心強かった。希少な数理政治学 専攻の院生仲間とも繋がれたり、何人かの先生方ともお話する事ができたので、フライト直前で1時間の参加にはなってしまったが、参加して良かったと思う。先生方も皆さん気さくで緊張せずお話できた。アメリ カ留学経験のある日本人の間に流れる、年齢関係なくフレンドリーに話すアメリ カの文化と日本人の礼儀正しさが融合した独特の空気感は自分にとってバランスが良く、居心地がいい(年功序列 による堅苦しい 空気は苦手だが、かといってあまり関係性が近くない相手には同い年だろうと年下だろうと敬語で少し距離をとってしまう自分の性格には、最適なバランスである)。このブログをご存知の方に出会った時は身が引き締まる思いがしたが、アクセス数の半分は自分自身という弱小ブログから始まったこのブログが、知り合い以外にも読んで頂けるくらいに知名度 が上がってきたのは素直に嬉しく思った。
3日の滞在だったが、初日は興味のあるパネルが1つしかなかったのでビーチを散歩してみた。自分の目の画素数 が落ちたのではないかと錯覚するほど絵画のように美しく映る夕焼けの海は、内陸の僻地に生息する自分にはあまりに眩しく、ビーチ沿いを優雅に犬と散歩するVancouveritesの姿は、地理的選好で就職先を選ぶ事のできない自分にとって老後のイデア となった。(住民を意味する接尾辞に-iteというパターンがあるのは知らなかった。ちなみにロチェスター 住民はRochesteriansである。)バンクーバー は日本人も多く、滞在中はほとんど和食を食べていたので接客してくれたのもほとんど日本人だった。外国というよりも日本カナダ支部 というくらい日本のものに簡単にアクセスできるので、これまた羨望のまなざしを禁じ得ない。とはいえ普段アクセスできないからこそ時々手にできた時の喜びが倍増されているのは否めないので、ある意味最も幸せなのは私かもしれない。そういえば今回報告されていた論文にも、有権者 は前期の政策をベンチマーク として、それと今期の政策との比較から効用を得ているというanchoring理論を用いた論文があったのだった。これは私自身がempirical testと言っても過言ではないだろう。そんな戯言を考えながら、初めてのAPSAは幕を閉じた。