Rochesterで数理政治学を学ぶ

アメリカ政治学博士課程留学ガイド

自己紹介(ロングバージョン)

これまでの投稿は、アメリ政治学博士課程受験における情報の少なさに対する危機感から、政治学専攻の学生が少しでも留学しやすくなればとの思いで執筆してきた。したがってこれらの投稿はやがて多くの方の目に触れる事を期待して、役立ちそうな情報に絞った(没個性的な)記述を心掛けたつもりである。しかし今後はより自由に留学の記録を残していきたいと考えているので、その前に私がどのような人間であるか、改めて自己紹介をしたいと思う。

「なぜ政治学を勉強しているのか」

自己紹介で「政治学を勉強しています」と言うと、必ずと言っていいほど「なぜ?」という質問を受ける。私の場合は元々外交官を志望していて国際政治学に興味があったため政治学専攻を選んだというのがきっかけであり、時間がない時の簡単な返答として乱用しているが、私が政治学に強い興味を持ち政治学者を目指し始めたきっかけは別にある。それは、大学2年時に『比較政治制度論』という本を読んだ事である。この本は「政治制度を因果関係で捉える」という視点から、政治制度は政治に対してどのような影響を及ぼすのか(独立変数としての政治制度)、また逆に政治制度はどのように形成・変化するのか(従属変数としての政治制度)という内容を論じており、政治は科学的に理解できるのか!という感動を与えてくれた本だった。

制度との出会い

その後政治制度を超えてより一般に制度というものに興味を持ち、青木昌彦、ダグラス・ノース、アブナー・グライフといった制度研究の巨頭たちの著作に触れる中で、「制度と人間の相互作用」(すなわち、制度がルールとして人間の行動に影響を及ぼす一方、人間の行動の帰結として制度が形成・変化するという事)が人間社会の基本構造であるという理解に至り、制度を理解する事が人間社会の本質を理解する事になるだろうとの思いから制度研究を志した。

少し脇道に逸れるが、ここで制度とは何かイメージを持つために具体例を考えてみたい。例えば大学という存在の本質は何だろうか。「キャンパス」というのが自然な回答かもしれないが、しかしもし私が大金持ちだとして、自分の敷地に校舎を建設して勝手にそれを大学だと称しても、それを世間は大学とは認めてくれないだろう。そこに通う学生や教職員が持っている、その場所が大学だという「共有信念」こそが、大学という制度を支えていると言える。こうして人々によって作られた制度は、翻って人々の行動に影響を及ぼしており、これがまさに上記で述べた「制度と人間の相互作用」である。制度の本質は共有信念にあるので、法律や規則といった明示的なものだけでなく、規範や慣習など暗黙のものも含んでいる。このように考えると、人間社会の非常に多くのものが制度という視点から理解できる事に気がつくだろう。

「なぜ政治学を勉強しているのか」(再)

話を戻すと、こうして制度に強い興味を持ったものの、制度に関する基礎研究は上記の先人たちによってかなりの程度完成を見ており、自分がこれに対して何かを付け加えるというよりも、それらの知見に立脚した応用研究として何らかの制度を研究する方が、実りある研究者人生になるだろうと考えた。そこで今度は逆に抽象度を下げて具体的な制度を探し始めるわけだが、色々と社会科学を勉強してみる中で結局政治制度に対して一番強い興味を感じたため、最初のきっかけに戻り政治制度研究者を志望する事になったのである。

そのため「なぜ政治学を勉強しているのか」という問いに対しては「色々と勉強してみて一番面白かったから」というのが正直な答えではあるのだが、後知恵で考えてみるともう一つ思い当たる理由がある。すなわち、政治というと政治家や官僚といった人間に焦点が当たりがちで、「政治が良くないのは政治家のせいだ」といった言説がなされる事が多いが、政治家も制度(ルール)が与えるインセンティブに反応した行動を取っているはずなので、制度を最適に設計する事でプレイヤーである政治家を導き、政治をより良いものにできるのではないか、という可能性への興味である。

「なぜ数理政治学を勉強しているのか」

その上でなぜブログのタイトルにもある数理政治学なのかという点だが、それはメカニズムデザイン・マーケットデザインという分野の存在が影響している。メカニズムデザインは制度設計に関する基礎的研究、マーケットデザインはそれを経済制度の設計に応用したもので、オークションやマッチングといった分野で現実に応用されるまでの発展を遂げている。メカニズムデザインの応用分野として、マーケットデザインと同様の理論体系を政治制度についても構築できないだろうかというのが、私のモチベーションである。数学を使わずとも有意義な議論を行う事は可能だし(例えば上でも触れたノーベル経済学賞受賞者ダグラス・ノースの著作は基本的に言葉で記述されている)、逆に数学を使う事で見た目ばかりが美しい議論に出くわす事もある。したがってなぜ数学を用いるのかという事は理論家として常に意識しなければならないが、少なくとも制度設計という繊細な営みを理論化するに当たっては数学による厳密な議論が必須であろうという事を、メカニズムデザイン・マーケットデザインの発展から感じ、数理政治学を専攻するに至ったのである。

加えて、政治学はまだ経済学に比肩するような理論体系を持たないが、政治学が単なる雑多な知見のカタログではなく科学の一分野として理論的に体系化する事に貢献したいという気持ちもあり、そのためには議論を構造化するための数理化というステップが不可避であろうというのも、数理政治学を勉強している理由の一つである。Formal Models of Domestic Politicsという数理政治学教育の出発点と言える体系書に出会った事でこの思いは強まり、これが著者のいるシカゴ大学修士課程に進学する理由となった。

京大、シカゴ、そしてロチェスター

実は『比較政治制度論』も私の出身である京大の先生方が書かれた本で、学部で京大、修士課程でシカゴに行った事は、自分の研究者としての人格形成に対して多大な影響を及ぼしている。ロチェスターには政治制度の数理モデルを専門とする先生や、メカニズムデザインに詳しい先生もいる。京大で政治制度、シカゴで数理政治学を学び、ロチェスターでようやく両者が交わる事になるので、博士課程を修了後に再び自己紹介を書く事があるとすれば、ロチェスターでの経験もふまえたより長いものになってしまうのだろう。

数理政治学の勉強法

以下で定番の教科書を挙げている。学部レベルは主に日本語文献を挙げており、大学院レベルでは英語文献を挙げている。これは、慣れない分野はまず日本語で勉強した方が頭に入って来やすいが、基本を日本語で理解していれば発展的内容を英語で学ぶのもスムーズであり、大学院レベルでは英語文献の方が良書が多いという私の経験が反映されている。

方法論は学部レベルは自習も可能だが、大学院レベルは授業を通じた学習が効率的である。授業の意義は大きく2つあり、1)分からない所を質問できる、2)宿題による問題演習を通じて内容が定着する、の2点である。大学院レベルでは自力で理解するのが難しい所が増えるし、市販の問題集が減り授業が演習問題を提供してくれる価値も高まるため、学部以上に大学院では授業の意義が大きい。したがって、一応大学院レベルの教科書も挙げているが、学部レベルはここに挙げた本で自習してしまった上で、大学院は留学して授業を通じて勉強するという流れが理想的だろう。

読む順番は、学部レベルは好きなテーマから読んでいけばよい。大学院レベルは、修士レベル「数学→ミクロ経済学ゲーム理論→数理政治学」→博士レベル「数学→ミクロ経済学ゲーム理論→数理政治学」と進んでいくのが良い。

私自身も勉強中の身であるため不完全な部分も多いと考えられるので、この投稿は随時更新したいと考えている。

<レベルの説明>

学部教養レベル:数式はほとんど出てこない

学部専門レベル:数式がそれなりに出てくるが、高校数学でほとんど対応可能

修士レベル:大学教養数学が必要

博士レベル:経済数学が必要

数理政治学

・学部教養レベル:浅古泰史『ゲーム理論で考える政治学 フォーマルモデル入門』

・学部専門レベル:

国内政治…浅古泰史『政治の数理分析入門』

国際政治…石黒馨『グローバル政治経済のパズル ゲーム理論で読み解く』

修士レベル:

国内政治…Scott Gehlbach, Formal Models of Domestic Politics 2nd Edition

国際政治…Andrew H. Kydd. International Relations Theory: The Game-Theoretic Approach

方法論…Scott Ashworth, Christopher R. Berry, & Ethan Bueno de Mesquita, Theory and Credibility: Integrating Theoretical and Empirical Social Science(個人的には数理政治学専攻にとってKKVを超える必読書だと考えている)

・博士レベル:David Austen-Smith & Jeffrey S. Banks, Positive Political Theory II: Strategy & Structure

ゲーム理論

・学部教養レベル:鎌田雄一郎『ゲーム理論入門の入門』

・学部専門レベル:岡田章『ゲーム理論・入門 新版』&『ゲーム理論ワークブック』

修士レベル:

ロバート・ギボンズ『経済学のためのゲーム理論入門』(英語より数学が得意な人向け)

Martin J. Osborne, An Introduction to Game Theory (数学より英語が得意な人向け)

Steven Tadelis, Game Theory: An Introduction (上でどちらを選んでも2冊目に読むと理解が深まる)

・博士レベル:

Roger Myerson, Game Theory: Analysis of Conflict

Ariel Rubinstein & Martin J. Osborne, A Course in Game Theory

Drew Fudenberg & Jean Tirole, Game Theory

ミクロ経済学

ミクロ経済学を勉強する理由…一般的な大学院における政治学のコースワークは修士レベルのゲーム理論と数理政治学をそれぞれ半年かけて勉強するものだが、ゲーム理論とは複数の個人が集まった時の現象を分析するツールであり、そのためにはまず個人の意思決定について勉強するのが自然である。上記のようなコースワークではそうした基礎がスキップされてしまうので、フォーマルモデルに対する理解が浅いものとなってしまう。さらにミクロ経済学には、ゲーム理論以外にも契約理論や社会的選択理論といった政治学にとって重要なトピックが含まれている。このようにミクロ経済学政治学部のフォーマルモデルの授業では通常カバーされない重要な内容を含んでおり、理論研究の消費者ではなく生産者を目指すなら、ミクロ経済学を学ぶ事を避けては通れない。本来はミクロ経済学で習得できる方法論的内容を政治学の例で学べる事が理想的で、実際そうしたカリキュラムを模索している大学も存在するが(ex. Rochester, Chicago)、今のところメジャーな選択肢はテキストの充実しているミクロ経済学を勉強してしまうというものである。ただし前半の市場理論には政治学にとって重要でないトピックも含まれるため、必要な部分だけを学習すれば良い*1

・学部教養レベル:

ジョセフ・E. スティグリッツスティグリッツ ミクロ経済学

N・グレゴリー・マンキュー『マンキュー経済学I ミクロ編』

ポール・クルーグマンクルーグマン ミクロ経済学

・学部専門レベル:神取道宏『ミクロ経済学の力』&『ミクロ経済学の技』

※この間のレベルの教科書としてWalter Nicholson &Christopher Snyder, Microeconomic Theory: Basic Principles and Extensionがあり、アメリカでは数学が得意な学部生向けの授業や、公共政策修士課程の経済学部出身者向けの授業などで使われている。分かりやすいので自習に役立つ一冊。

修士レベル:Hal R. Varian, Microeconomics Analysis 3rd Edition

・博士レベル:Andreu Mas-Colell, Michael D. Whinston, & Jerry R. Green, Microeconomic Theory (通称 MWG)

契約理論

ミクロ経済学の中で情報の経済学と呼ばれる内容を詳しく扱っている分野で、政治学ではプリンシパル・エージェント理論という名前で親しまれている。政治学への応用性が高い分野なので、同レベルのミクロ経済学の教科書を読んだ後にこれらの本でより理解を深めたい。 

・学部専門レベル:石田潤一郎・玉田康成『情報とインセンティブの経済学』

・博士レベル:

Patrick Bolton & Mathias Dewatripont, Contract Theory

伊藤秀史『契約の経済理論』

社会選択理論

投票制度を分析するミクロ経済学の一分野で、これについては応用性が高いというよりダイレクトに政治学と関心を共有する分野なのでどこかのタイミングでぜひ勉強しておきたい。

・学部教養レベル:坂井豊貴『多数決を疑う 社会的選択理論とは何か』

・学部専門レベル:坂井豊貴『社会的選択理論への招待 投票と多数決の科学』

・博士レベル:David Austen-Smith & Jeffrey S. Banks, Positive Political Theory I: Collective Preference

数学

高校で数II Bまで勉強している人であれば、学部レベルの勉強をする上で数学の勉強はほとんど必要ない。しかし修士レベルになると最適化問題や比較静学といった内容を勉強している必要があり、博士レベルになると経済数学に関する知識も必要になってくるため、それぞれ修士課程の初め、博士課程の初めに勉強するのが良い。

修士レベル:

Will H. Moore & David A. Siegel, A Mathematics Course for Political & Social Research

A.C. チャン & K. ウエインライト『現代経済学の数学基礎 第4版上・下』

Moore & Siegelは、政治学において数学がなぜ重要なのかというモチベーションを与えてくれるため1冊目として最適である。ただし説明が分かりづらい箇所もあるため、チャン&ウエインライトを参照しながら読むのがおすすめである。

・博士レベル:

Carl P Simon & Lawrence Blume, Mathematics for Economists

Rangarajan K. Sundaram, A First Course in Optimization Theory

修士レベルで挙げた本ではカバーされていない重要なトピックは恐らく位相(Real Analysis)*2動的計画法(Dynamic Programming)だと思う。Simon & Blumeは位相を含め知っておくべきトピックを網羅していて、ミクロ経済学でいうMWGのような辞書的位置づけだと思う(分厚さ的にも)。SundaramはDynamic Programming含め最適化理論をきちんと勉強したい時によく使われる本のようである。この辺りは私も勉強中なので、より良い本が見つかれば紹介したい。

*1:必要な部分と言っても初学の段階では判断が難しいと思うので、学部レベルはとりあえず全体を勉強するという事で良いと思う。しかし大学院レベルになると内容が難しくなり分量も増えるので、自分にとって重要でない部分に時間や労力を取られる事は避けたい。そこで具体的に私が重要だと思う部分をMWGに則して示すと、第1部「個人の意思決定」については、3章D節「効用最大化問題」までの抽象的な枠組みは重要だと思うが、その後の経済学特有の問題についてはスキップして6章「不確実性下の選択」に進んで良いと思う。第2部以降は重要なトピックが並ぶが、第4部「一般均衡理論」については、15章に出てくるエッジワースの箱くらいは知っていて損はないが後はスキップしても問題ないと思う。こうして見ると、政治学にとって重要な部分はミクロ経済学の6割程度(前半の一部+後半の全て)という事になる。以上を授業を通じて学習する場合、前半の市場理論は聴講して必要な部分のみ学習し、後半のゲーム理論・情報の経済学等は通常に履修するのがベストだと思う。もしこうした柔軟な履修を大学が認めてくれない場合、ミクロ経済学を丸々スキップするよりは、非効率を承知で全体を履修するのが次善策だろう。

*2:位相は英語でTopology、Real Analysisは日本語で実解析なので本来は別の分野を指しているはずなのだが、なぜか日本の経済学で位相と呼ばれているものはアメリカの経済学ではReal Analysisと呼ばれる事が多い。恐らく位相にせよ実解析にせよ経済学で使うのはそのごく一部であり、その内容が2つの分野にまたがっているために呼び方が分かれたのではないかと推測している。詳しい方がいたらぜひ正解を教えてほしい。

数理政治学を勉強できる大学院

博士課程

Political Economy*1プログラムではStanford、Princeton、Chicagoが強い。この3校は特別にプログラムを作っているだけあってカリキュラムが充実していて教授陣の層も厚く、したがって就職実績も良い(Chicagoはまだ新しいプログラムなので実績は乏しいが、その他の点から見て今後の期待値はStanfordやPrincetonに匹敵する)*2

政治学部で専攻する場合は、Columbia、NYU、Rochesterが強いアメリカ以外で強いのはLSEくらいだが、博士前期課程が1年しかないため既にある程度研究の準備が整っている人向けである。私の意見では、数理政治学に対する確信が強いなら以上の大学が良い一方、まだ十分確信が持てていない場合は、数理政治学が専攻できてかつ全般的に強い(総合ランキングで上位の)大学に行っておくのが安全策だと思う。他にも数理政治学(Political Economy, Formal Theory)の専攻が可能な大学はいくつかあるので、その中で関心が近い先生が2人以上いる大学を選べばよい。

 

修士課程

数理政治学が強いのは圧倒的にアメリカだが、アメリカの修士課程は学費が法外で奨学金を獲得しても払いきれない場合が多い。数理政治学のカリキュラムの充実に加えて金銭的な現実性も加味すると、LSE (Political Science and Political Economy), Chicago, NYU, Rochesterの4校がお勧めである。LSEは学費が比較的安く、奨学金を獲得できれば現実的な水準である。私のいたChicago (MAPSS)は元々の学費は高いが大学からの学費減免が充実していて、人によっては全額免除される人もいる。Chicagoにはもう一つMACRMというプログラムがあって、こちらでは公共政策博士レベルの計量・数理(経済学博士と政治学博士の間くらいのレベル)を1年間勉強する。既に計量・数理のバックグラウンドには自信がありそれをさらに強化したいという人にお勧めのプログラムで、こちらも学費が減免される場合がある。NYUのPre-Ph.D. TrackとRochesterでも、枠は限られているが学費が減額されうる。留学が叶わなかった場合にお勧めなのは、方法論のカリキュラムが充実している早稲田である。交換留学も有力な選択肢だが、学部生しか受け入れていない大学が多いため、留年して学部生として交換留学するという選択肢も検討に値する。

*1:アメリカではPolitical Economy 政治経済学と言うと、実体的な意味と方法論的な意味がある。実体的にはInternational Political Economy 国際政治経済学とComparative Political Economy 比較政治経済学を意味している。方法論的な意味ではFormal (Political) Theory 数理政治学 及びそれに基づいた実証の事を指し、ここでは数理政治学+αくらいの意味だと思えばよい。詳細に興味がある人は、Ashworth, Berry, and Bueno de Mesquita (2021) Theory and Credibility: Integrating Theoretical and Empirical Social Science を読んでみてほしい。この本に書かれているアプローチが、方法論的な意味でのPolitical Economyである。

*2:なおChicagoは権威主義国のモデルを専門とする先生が4人もいるという異色の構成であるため、権威主義国に感心がある人にはこれ以上ないプログラムである。

アメリカ・イギリス政治学修士課程受験ガイド

どのような修士課程に行くべきか

博士課程についての総論で述べたように、博士課程を見据えて修士留学する場合は計量・数理の手法を中心に学習する事がお勧めである。博士課程で計量政治学を専攻したい場合は、必ずしも政治学修士である必要はないと思う。計量社会科学修士(例:Chicago、Columbia)や統計学修士の方が、より強い計量のバックグラウンドを形成できると考えられる。

これに対して数理政治学を専攻する場合、経済学修士でもよいがその場合でも数理政治学を受講できた方が良い。というのも、数理政治学は純粋な手法というよりも手法と実体が組み合わさったものなので、どれだけ数理に関心を持っていても、数理政治学自体を一度本格的に学んでみなければそれが本当に博士課程でやりたい事なのか見極められないからである。私の場合も、ミクロ経済学を勉強しただけではそれをどのように政治学に応用するのかイメージが湧かなかったが、修士課程で数理政治学を本格的に勉強した事で興味を確信する事ができた。したがって政治学修士であれ経済学修士であれ、数理政治学を勉強できる大学に行く事をお勧めする。具体的なプログラムは次の投稿で紹介する。

 

私のケース

私はChicago (MAPSS)、Columbia、DukeLSE (Political Science and Political Economy)、Oxford (MSc in Politics Research)という5校の政治学修士を受験し、LSE以外からは合格を頂いた。ちなみに修士課程受験時にもダメ元でアメリカTop10の博士課程を併願したが、奇跡的にMichiganがウェイトリストになったものの結局全て不合格だった。

博士課程とは異なり修士課程の倍率は低いし*1、求められている能力水準も比較的低い。具体的には、私がこれだけ合格できた事からして計量・数理のバックグラウンドは弱くても良いようだし*2、SOPやWriting Sampleも修士課程を経てから書いたものに比べて当然ながらレベルが低かった。

推薦状については、①京大の指導教官(比較政治学者)、②交換留学先であるジョージワシントン大学の先生(中東政治学者)、③交換留学中のインターン先の上司(日本政治学者)、④Stanford Japan Centerという所で授業を受けたStanfordの先生(社会学者)に依頼した。全員それぞれの分野では一流の先生達であり先生方の推薦状のお陰で合格できたと思うが、自分と同じサブフィールドの先生は一人もいないし、1人に至ってはフィールドすら違う。したがって、推薦状を依頼する先生の条件は博士課程ほど厳しくないと考えてよいだろう。

スコア系については、GREは博士課程受験で出したものと同じである。TOEFLは108 (R30 L28 S 23 R27)とIELTS 7.5 (R9.0 L7.5 S7.0 W7.0)で、Chicago, Oxfordは足切りの関係でIELTSを提出し、他はTOEFLを提出した。

以上を踏まえると、計量・数理のバックグラウンド、推薦状、SOP、Writing Sampleといった博士課程受験で重要になる要素は恐らくそこまで厳しく見られておらず、スコア系が高ければ受かる可能性は高いと考えられる。実際シカゴ大学の同期で計量・数理の強いバックグラウンドを持っている人は一人もいなかったし、アメリカ国外の大学出身者(主に中国)が中心で、推薦状の点でもアメリカ博士課程に直接行く事は叶わなかったと考えられる人達が多かった。アメリカ・イギリス修士課程は、博士課程受験ガイドの総論で述べたような日本人学生が抱えるのと同じハンデを持っている人達が、そのハンデを取り返すための場所であると言える。

このように修士課程の合格自体はそこまで難しくないが、その分博士課程と違って学費や生活費が支給されないので奨学金にも同時に合格しなければならないというもう一つのハードルがある。シカゴ大学の良い所は修士課程には珍しく学費の減免制度がある所で、人によっては全額免除される人もいる。私の場合は幸い3分の2が免除されたのと、JASSOの奨学金も受給できたお陰で進学が可能になった。

*1:とはいえシカゴ大学の倍率は約7倍だったらしいので誰でも受かるというわけではないが、その倍程度の倍率をくぐり抜けなければならない博士課程受験に比べれば比較的楽である。

*2:ただしLSEについては、計量・数理の必修科目がある関係である程度のバックグラウンドがないと合格できないと予想される。

アメリカ政治学博士課程受験ガイド⑤志望校と進学先選び

志望校選び

SOPについての投稿でも触れたが、志望校を選ぶ時は最低2人以上関心が近くて教わりたいと感じる教員がいる大学を選ぶのが良い。1人だけだとその先生と意見が合わない時にセカンドオピニオンを求める相手がいないし、その先生が移籍・引退でいなくなる場合のリスクも大きい。

出願する校数については、シカゴ大学からはレベルをバランスよく10校出すように言われた。全落ちのリスクを回避するためには妥当な方針だろう。U.S. Newsで自分のサブフィールドのランキングを参照しつつTop10とTop20で相性が良い大学を選んでいけば、自然と10~15校くらいになると思われる。「多く出し過ぎる」というエラーは「出すべき所に出さない」というエラーに比べればマシだが、出願料やスコアの送付に一校あたり計15,000円程度かかる事や、推薦状を提出してくださる先生の負担を考えると、出し過ぎるエラーを完全に無視する事もできない。慎重に検討した上で、最後まで迷った大学には出願するというのが良いのではないだろうか。また志望順位は合格後にプログラムについてしっかり調べるといくらでも覆るので、出願前にはあまり細かく考える必要はないと思う。

数理政治学についてはランキングがないので総合ランキングを頼りに出願校を決めればよいが、数理政治学の強さと総合ランキングはかなり異なるので、順位はあまり気にせず有力大学のリストだと捉えて利用した方が良い。

 

進学先選び

合格校とウェイトリスト校が出揃い志望順位を決める際には、各校を1)Placement (就職実績)、2)教授陣との相性、3)コースワークという要素ごとに比較した。オファーへの返答期限は全大学共通で4/15だが、ウェイトリストの結果は締切直前に分かる場合が多くギリギリで焦って決断してはいけないので、3月中にウェイトリストの大学も含めて志望順位を決めておいた方が良い。

サブフィールドごとの就職実績は公開されていない事が多いが、Placementのページに載っている卒業生の中で良い就職をしている人のサブフィールドを調べていけば、その大学がどれくらい有力な研究者を輩出しているのか推測できるだろう。合格すれば公開されている以上の細かい情報を見せてもらえる場合もある。また教授が過去の指導学生のリストをホームページやCVに載せている場合があり、これが分かる場合には一番精度の高い情報となる。私の場合は数理政治学専攻の就職に①強い、②どちらかと言えば強い、③弱いという3段階に分けた。

教授陣との相性については、指導教員候補である先生達の論文を読んだうえで面談に臨み改めて検討した。私は①関心が近い先生が3人かつうち1人と特に関心が近い、②関心が近い先生が3人、もしくは関心が近い先生が2人かつうち1人と特に関心が近い、③関心が近い先生が2人、という3段階に分けた。

コースワークについては、計量は標準化されており大学間での差は小さいが、数理は発展途上であるため大学間での差が大きい。サブスタンスも取りたい授業が多い方が望ましい。私は①コースワークが充実している、②どちらかと言えば充実している、③充実していない、の3段階に分けた。

後はこれらにウェイト付けをして総合すれば志望順位が決まるが、私の場合はコースワークを特に重視した。というのも、経済学のように日本でもコースワークが整備されていて修士までに基本的なトレーニングを済ませて留学できるのであれば、博士課程では研究環境に重きを置くべきなのだろうが、コースワークの整備されていない日本の大学で政治学を専攻した私は、修士課程留学を通じてある程度取り返したものの依然として研究を始められるほどの基礎が固まっていないという自覚があり、もう2年間しっかりと勉強したいと考えたからである。

最後に、今後の研究者人生を直接的に左右するアカデミックな要素の方が重要であるとはいえ、生活の充実が研究の生産性に影響するという点も無視はできない。もしアカデミックな点で最後まで無差別な大学が複数残るなら、物価を加味した給料額や住環境(気候・治安など)といった生活面を考慮して、これから5年間を楽しく過ごせそうな場所を選んでもバチは当たらないだろう。

結果として私の場合は、Rochesterは指導教員候補の先生方との相性が良く(2: ①)、かつ教え子たちが近年Princeton、Vanderbilt、Caltechといった有力大学でテニュアトラックに乗っているのに加え(1: ②)、数理政治学の発祥地だけあって数理のコースワークが非常に充実している上に、意外にもサブスタンスの授業も充実しており納得のいく博士前期課程を過ごせそうだと感じた事が決め手となって(3: ①)、Rochesterへの進学を決めた。なおRochesterの物価が比較的安く、生活面で大きな不安がなかった事も後押しとなった。総じて不安と言えば、カナダ国境付近に位置するRochesterは冬が寒いという点くらいだろう。それも徒歩10~15分の寮からキャンパスへのシャトルバスが出ているという事で、大きな不安とはならずに済んだ。

私が先生方から頂いたアドバイスの中では、John Mark Hansen教授のものが特に役立った。

“The big difference between PhD programs is generally not quality of training as much as the culture of the place – the kinds of questions students are encouraged to frame, the sorts of approaches they are encouraged to adopt, the types of methods they are encouraged to apply. It’s what causes it to make sense when somebody is described as a ‘Berkeley product’ or a ‘Yale product’ or a ‘Chicago product.’ The choice students are making is what kind of ‘product’ they want to be. And the best indicator of what a student is going to look like as a scholar in 4 or 5 years is what the 4th and 5th year students look like today.”

これを私の場合にあてはめると、Rochesterは他の大学よりrigorousな理論の必修授業があったり、サブスタンスの授業でも理論と実証をバランスよくサーベイしたりと、学部全体として理論を重視しているスタンスが明らかだった。政治学における実証の比重が高まる中、こうした大学はアメリカ中(そしておそらく世界中)どこを探してもRochester以外には見当たらないので、Rochesterは自分に合った大学だと思わせてくれるアドバイスだった。

アメリカ政治学博士課程受験ガイド④CV・Writing Sample・成績表・推薦状

CV

学歴、職歴、TA/RA歴、受賞歴、奨学金の受給歴、(もしあれば)研究業績や学会報告歴など、研究能力のアピールになりうる事を載せる書類である。アメリカの研究者は皆ホームページで公開しているので、色々な先生のものを見比べて、気に入ったスタイルを真似して作ればよい。

Writing Sample

計量and/or数理を使って、SOPで述べた研究関心と整合的な研究を行った、卒論/修論/授業レポート等を出せばよい。現段階での実力を見せる場なので出来るだけ良いものを書きたいが、今すぐpublishできるようなクオリティーまでは期待されていないと思う。

成績表

成績表において大事なのはGPAだけではない。どれくらい計量・数理のバックグラウンドがあるかも見られている。これについては総論で述べた通りである。

推薦状

これについても総論で述べたが、もう少し詳しく述べると、「国際的に著名な先生」かどうかを判断する材料は、①Google Scholarの被引用数、②その先生の研究業績である。被引用数が多いと言える明確な基準はないが、政治学では1000を超えていればある程度の著名度があると言えるのではないだろうか。Google Scholarの被引用数は手軽な指標だが、有力な若手研究者を識別できないという問題がある。被引用数はキャリアが積み重なるほど増えていくため、近年目覚ましい業績を上げている若手研究者の被引用数は概して少ない。そのため先生のCV等を見て、American Political Science Review、American Journal of Political Science、Journal of Politics等の一流総合誌や、各サブフィールドのトップジャーナルに多く論文を載せていれば、その先生がその分野で有力な研究者であると判断できる。

なお、推薦状を頼むべき先生は少なくとも政治学者であり、できれば同じサブフィールドの研究者である。また、強い推薦状を書いてもらうにはその先生の授業でAを取ったうえで、授業の内外で能力をアピールする必要がある。私はシカゴ大学の数理政治学者の先生二人(修論の指導教員・授業を通じてある程度の関係を築く事ができた先生)と、プログラムのディレクターであるアメリ政治学者の先生に依頼した(これは私のプログラム特有の仕組みで、有効性については正直分からない)。

アメリカ政治学博士課程受験ガイド③SOP

恐らく全書類の中で一番困るのがSOP(志望動機書)だろう。だがシカゴ大学いわく実は書くべき内容は大体決まっていて、①研究関心、②過去のトレーニング、③その大学との相性、の3つである*1。語数指定を行っている大学もあるが、自由な場合は1000word程度で書くのが標準的である。(letter size/12 point/行間1.15で2ページ書くと丁度そのくらいになる。)最初に簡単に自己紹介をした後、

例:I am applying for the Ph.D. program in political science at the University of …in order to prepare myself to be a professor in (Subfield). This year I earned an M.A. in …at the University of….

①と②に1ページ弱ずつ費やし、最後の一段落を③に使うというのが目安である。

①でのポイントは、良い問いを立てられている事だろう。「良い問い」というのは、新規性と重要性を兼ね備えた問いである。ニッチなテーマを選べば新規性は確保しやすいが、その問いがなぜ政治学にとって重要なのかを説明しなければならない。逆に多くの政治学者が既に取り組んでいる問いの重要性はそれほど説明を要しないが、新規性を見出すのに苦労する。こうしたジレンマの中で新規性と重要性の双方を兼ね備えた問いを見つけ出す能力が研究者として最も重要な能力の一つであり、SOPで測られているものである。「SOPが重要」というのはどの分野の入試でも言われる事だが、こうした点を考えればそれも頷けるだろう。

もう1つのポイントは、現在の短期的・具体的な関心だけでなく、長期的・一般的な関心も述べる必要があるという事である。なぜなら、短期的関心は変化しうるし審査側もそれを想定しているため、変化しづらい長期的な関心と、なぜそれを追究したいのかというモチベーションが、大学との相性を測るという観点ではより重要であるからである。順番としては、長期的関心→モチベーション→短期的関心→それを踏まえて執筆した論文の説明、と繋げるとうまく②と接続できると思う。

②ではまず、Writing Sampleとして提出した論文の要約とそこでの貢献をまとめる。貢献というのは、先行研究と自分の研究のどこが違い(新規性)、なぜその違いが重要なのか(重要性)という点を説明すればよい。そして次に、方法論の授業の履修状況を書く。具体的な科目名や成績は成績表に書いてあるので、ここでは方法論のバックグラウンドが強いというシグナルを発する目的で、簡潔に書けばよい。

①②については全ての大学に共通した内容でよい。むしろそれが望ましいと言える。というのも、自分が本当にやりたい研究に適した環境に行くべきであり、合格するために研究関心を偽っても、ミスマッチな大学に行って困るのは自分だからである。

③では、志望大学で最も関心が近い3人の先生の名前を挙げ、その先生の研究と自分の研究関心がどのようにマッチしているかを簡潔に説明する。簡潔に書く事が重要なのは、ミシガン大学政治学部による以下の説明を見れば分かる。

Although you are welcome to reference faculty members with whom you share research interests, we strongly discourage you from giving superficial reviews of their work.

3人挙げる必要があるのは、アメリカでは3人以上の先生によりDissertation Committee 博論審査委員会が組まれるため、少なくとも3人は研究関心が近い先生が必要だからである。ここで研究関心の近くない先生を誤って挙げてしまうと、その大学との相性が良くないというシグナルを発してしまう事になる。逆に志望校を選ぶ上では、ここで自信を持って3人の名前が挙げられる大学を選びたい。ただし、メジャーな研究関心を持っている人であればそうした大学は沢山見つかるものの、マイナーな研究関心を持っている人(それ自体は悪い事ではない)は3人挙げられる大学が限られるかもしれない。その場合でも、少なくとも3人中2人は研究関心が近い人を挙げられる大学に出願したい。

後は推薦状を書いてくださる先生方に見せてコメントをもらい、できるだけバージョンアップを図ろう。英語のチェックについては、網羅的に調べたわけではないがCambridge Proofreadingはコスパが良いサービスだと感じた。

*1:私がSOPを作成するに当たっては、シカゴ大学で社会科学のPhD受験をサポートする部門から頂いた資料と、UCSDの直井恵先生から頂いた助言を参考にさせて頂いた。それらの内容を直接引用する場合はソースを明記し、そうでない場合はそれらをふまえた私自身の考えをまとめている。

アメリカ政治学博士課程受験ガイド②GPA・GRE・TOEFL/IELTS

GPA・GRE

スコア類については、各大学のポリシーによって違いはあれど「足切り的に使われる」(つまり各大学が設定している最低ラインをクリアしさえすれば、後は他の書類の方が重要である)というのが、よく言われる事である。ではどれくらいが足切りラインになるかという事だが、例えば

Stanford(1位)

Admitted students typically have very high GRE scores (approximately 166+ verbal, 163+ quantitative, and a score of 5.5 in the Analytical section).  Admitted students typically have a GPA of at least 3.8 in their previous studies.

―Princeton(2位)

In recent years, admitted students have typically had 160 or above on the quantitative and verbal sections of the GRE. For those students with numerical grade-point averages, admitted students have typically had an overall GPA of 3.8 or above.

―UC San Diego(8位)

       GPA                GRE               (Average)   

                      Verbal Quantitative Writing

2016     3.94  166      163       5

2017     3.67  164      163       4.7

2018     3.65  164      164       4.9

2019     3.82  165      164       5

2020     3.69  164      163       4.9

2021     3.84

―Chicago(10位)

The average undergraduate GPA is 3.8 (on a 4.0 point scale).

とホームページで説明されている。したがって、Top10を目指すのであればGPAは3.8/4.0以上が目標である。GREのVerbalについては、非ネイティブにとって165点というのはかなり難しいので、Verbal+Quantitativeで計330点を目標とすればよいだろう。恐らく日本人にとってはVerbalで160、Quantitativeで170というのが最も現実的である。GREのWritingで5.0以上というのも非ネイティブには酷な要求であり、私はシカゴ大学で社会科学のPhD受験をサポートしている部門から「4.0あれば足切りにかかる事はない」と言われたので、それを信用する事にした。帰国子女でない日本人でも4.5をとれる人は時々いるようなので、4.5を目標とすればよいだろう。

もう少しランキングを下ると、

―Emory(19位)

The average combined verbal and quantitative GRE score for students entering the program is around 320.

という大学もある。したがってTop20であれば、GREはVerbal+Quantitativeで計320点を目標とすればよいと推測できる。GPAについては、ややキリは悪いが「Top15に行きたければ3.7/4.0以上」とシカゴ大学からは言われた。もしこれを下回ってしまっている場合は、修士課程(できれば留学)でGPAを更新してから出願した方が良い。

まとめれば、Top10ならGPA は3.8/4.0、GREはVerbal 160、Quantitative 170、Writing 4.5が目標、Top20ならGPA は3.7/4.0、GREはVerbal 155、Quantitative 165、Writing 4.0が目標になるだろう。GREのVerbalとWritingはネイティブレベルの語彙力がないと満点は取れないと考えられるが、計量・数理政治学を研究する上でそこまでの語彙力は必要ないため、満点を目指すのはあまり効率的ではないだろう。上記の目標点を参考に、コスパ良く切り抜けたい。

 

TOEFL/IELTS

TOEFL/IELTSについては、それぞれ100/7.0以上を明確に足切りとしている場合が多い。上記のGPA、GREの目標スコアはあくまで目安であり、それを下回ってしまっても合格可能性はあるが、TOEFL/IELTSについては確実にこれを超えなければならない。ただTOEFL 100、IELTS 7.0は理系でも見られる足切り水準であり、この英語力で文系が大学院で勉強できるかというと厳しい。政治学(と恐らく社会学)は文系と理系の間にある分野であり、英語を使ったリーディング・議論・レポートという文系的な学習と、数学を使った講義・問題演習・試験という理系的な学習が組み合わさった学習が必要である。したがって語学力が武器である人文科学の人達ほどには英語ができずとも仕方ないが(アメリカ留学している文学専攻の方いわく、トップスクールに行くならTOEFL/IELTSは満点近くとれて当然らしい)、逆に理系や経済学といった数学力が武器である人達よりは高い英語力を持ってないといけない。したがって目標としてはTOEFL 110/IELTS 8.0くらいが妥当だと思う。後に書くように私自身はこの目標を達成できなかったので偉そうな事は言えないが、私の知り合いを見ている限り、海外経験なしでもTOEFL 100/IELTS 7.0はとれる人が多く(自分も交換留学に行く前の大学2年時点で101点だった)、1年の留学を経てTOEFL 105~110、IETLS 7.5~8.0が相場のように感じるので、十分現実的な目標だと考えられる。

少し脱線して英語学習について述べると、私は「楽しくやる事で継続する事」と「自分に合ったレベルの教材を使う事」がポイントだと考えている。語学は毎日少しずつ触れなければならないが、楽しくなければ続かない。したがってできるだけ楽しくできるよう教材を選んだり、毎日負担なく勉強できる時間帯を見つけたりするべきである。私の場合は毎朝アメリカのドラマ+英会話各25分ずつを習慣としている。朝が自分にとって一番快適であり、ドラマや英会話も面白い教材を選ぶ事で楽しくやれている。ただドラマも英会話の教材も、面白いものを選ぼうと思っても初学者には難しすぎる場合が多い。そのため初学者のうちは「自分に合ったレベルの教材を使う事」(つまり全然内容が分からない/聴き取れないというものは選ばない事)を優先した方が良いと思う。英語学習者向けの教材(主にTOEFL/IELTSの参考書)は面白くないものが多いので最初はつらいが、TOEFL 100/IELTS 7.0を超えれば、ネイティブ向けの面白い教材にも手を出せるようになる。ここまで来ればしめたもので、「楽しくやる事で継続する」という点だけを意識すればいいだろう。

 

私のケース

私のスコアは

・GPA :京都大学(学部)…4.12/4.3、シカゴ大学修士)…3.85/4.0

GRE:Verbal 158、Quantitative 169、Writing 4.0

TOEFL:106 (R30/L30/S22/W24)

である。GPAについては上記の目標をクリアしているが、GRETOEFLは目標を下回ってしまった。特にTOEFLについては修士課程受験の時に108点を取得し、そこから修士課程を通じて英語力の向上も感じていたので悔しい結果だった。

GRE対策については、Manhattan Prepのフラッシュカード(Essential+Advanced)を使ってGRE用の単語を覚えた後、問題演習をした。Quantitativeは公式問題集のみ、Verbalはそれに加えてManhattan Prepの5 lb. Book of TOEFL Practice Problemsを使った。Writingは公式の添削サービスScoreItNow!を使って練習した。Magoosh等を使ってより時間やお金をかけて取り組む事も可能だが、対策を通じて自分の能力が向上しているという感覚がなかったため、コスパ重視の対策となった。

自分のようにTOEFLのスピーキング・ライティングで苦戦する人は、IELTSを受けた方がよいかもしれない。実際、3年前の修士課程受験時に受けたIELTSでは、スピーキングで7.0、ライティングで7.5(TOEFLに換算するとそれぞれ25、26ほど)と昨年のTOEFLよりも良い結果が出た。特にTOEFLライティングは①多くの文字数を書かなければ高得点が取れない、②ミスを減らすために見直しの時間をたっぷりとらねばならない、という2点においてタイピングスピードが肝となるため、タイピングが遅い人は字数が少なくて済むIELTSの方が高得点をとれる可能性が高い。なお、IELTSを受ける場合はコンピューターテストをおすすめする。というのも、ペーパーテストの会場のスピーカーで行うリスニングは音質が悪く、難易度が急上昇するからである。

アメリカ政治学博士課程受験ガイド①総論

まず前提として言わなければならないのは、アメリカは計量政治学・数理政治学の中心地であり、それらを専攻している学生にとって理想的な留学先である一方、質的研究は盛んではなく、質的研究を専攻する学生の留学先としてはイギリス等がより適しているという事である。(ただしアメリカ博士課程は多くの大学でTA/RA業務と引き換えに5年間の学費無料+生活費支給がスタンダードであるのに対して、他国で同程度の待遇を受けられる場所は少ない。したがって質的研究専攻の方でも、計量or数理とのミックス・メソッドとする事でアメリカの大学を目指すという選択肢は検討に値する。)質的研究専攻で留学を志されている方は、オックスフォード博士課程を修了し2022年3月現在ケンブリッジ大学ポスドクをされている向山さんのブログを参照されたい。私自身も大変参考にさせて頂いたブログである。以下では、計量政治学・数理政治学を専攻していてアメリカへの留学を目指す方のために、出願において重要だと思う点を述べる。

アメリ政治学博士課程の受験で特に差がつきやすい(他の要素も重要でないというわけではないが、それらでは差がつきづらいという意味)のは、以下の2点だと考えられる。

①計量・数理の強いバックグラウンド

②国際的に著名な研究者による推薦状

日本人出願者がアメリカへの出願で苦戦しやすいのは、この両方においてハンデを負っているからである。①については、日本の大学で計量政治学・数理政治学を体系的に教えている大学は少なく(早稲田は貴重な例外である)、学部で政治学を専攻して計量・数理の強いバックグラウンドを持っている人は稀である。確かに経済学部で計量経済学ミクロ経済学を聴講する事でそれらを補う事は可能だが、日本の政治学専攻の学生は研究者を目指すと決めた段階から方法論の学習をスタートさせるため、研究者を目指すかに関わらず学部2年生からそれらの科目を学習している経済学部生やアメリカの学生と比べ、1~2年の遅れが生じてしまう。そのため、政治学専攻の日本人出願者は概して計量・数理のバックグラウンドが弱い傾向にある。こうした点は日本以外の海外出願者やアメリカの非トップスクールの学生にもあてはまるため、計量・数理の強いバックグラウンドを獲得する事で大きなアドバンテージを得られる。

②について、日本の政治学は国際的知名度が低いため、アメリカ博士課程への出願において有利になるような強力な推薦状を書ける先生は、日本の大学にはほとんどいない。推薦状の質は「書く先生の著名度」と「その先生の下での学生のパフォーマンス」の相乗効果で決まるため、極端な話ノーベル賞受賞者に初対面で推薦状を書いてもらったとしても無意味だし、逆に国際的に無名な先生からどれだけ強い推薦をもらったとしても、アメリカ博士課程への出願という場面においては残念ながら意義が乏しい。したがって、国際的に著名な先生に強い推薦状を書いてもらう必要がある。

こうしたハンデを払拭するべく多くの日本人学生がとっている手段は、「ハーバード大学の今井耕介教授が毎年東大で客員教授として行っている計量社会科学の講義を受け、推薦状を依頼する」というものである。今井教授は計量政治学の方法論で国際的に最も著名な研究者の一人であるため、同講義で良い成績をとり推薦状をもらう事で、①②のハンデを同時に解消する事が出来る。実際、近年このルートで多くの学生がトップスクールに進学している。かつて講演会で今井教授は優秀な聴講生に対しても推薦状を書いた事があると仰っていたので、東大生でなくてもチャンスはある。計量政治学、あるいはその方法論を専攻する学生にとって、これが現時点で最も有力なルートと言えるだろう。(ただし、以下で述べる留学という選択肢も検討には値する。)

しかし数理政治学については、トップスクールに進学した前例は少なく、計量政治学と違って確立されたルートは存在しない。そこで考えられる手段は「交換留学or修士課程留学を通じて計量・数理のバックグラウンドを強化すると共に推薦状も集める」という方法である。私はシカゴ大学の修士課程に進学し、そこで数理政治学ミクロ経済学を中心に学習して、数理政治学で著名な先生方から推薦状を頂く事ができた。留学先で計量・数理の方法論を中心に履修する事のメリットにはさらに、①方法論の授業は英語力のハンデを数学力で補えるため、リーディング・ライティングが中心の文系的な授業よりも良い成績がとりやすい事、②政治学の中身(いわゆるサブスタンス)は標準的な内容が決まっておらず教える内容が大学によって異なるため、修士課程までで履修していても再び博士課程で履修しなくてはならず二度手間になってしまうのに対し、計量・数理の方法論は標準的内容が決まっているため、それまでに勉強した内容の続きから博士課程で勉強できる、という点がある。つまり、交換留学・修士課程留学時に計量・数理の方法論を中心に学習する事は、受験戦略としても博士課程進学後の学習の効率性という面でも合理的である。

上記のいずれかの方法で①②のハンデを取り返す事が出来れば、Top10(ランキングはU.S. Newsで、自分が専攻するサブフィールドのランキングを参照するのが通常である。)に合格する事も可能だし、少なくともTop20に合格する見込みは高くなる。アメリカでのアカデミア就職を狙うならTop10の方が有利だが、Top20でも不可能ではないし、日本に帰国して良いポストを得ている先生も多い。2つのハンデのうち日本の大学生にとって取り返すのがより難しいのは②であり、もしこれが困難な場合は①だけでも取り返す事ができればTop20への進学は十分可能である。なお、アメリカ博士課程の入試競争が激しい事を指して「既に研究業績がなければトップスクールには入れない」と言われる事があるが、政治学についてはこれは当てはまらないと思う。

以上でアメリカ博士課程に合格する上で重要な点を紹介してきたが、このような書き方だと方法論ばかり勉強していればよいという誤った印象を与えかねない。確かに博士課程受験の上では方法論のウェイトが大きいが、サブスタンスが重要でないという事では決してない。アメリカに限らず他国への留学であれ、日本の大学院への進学であれ、「様々な分野に触れる事を通じて自分が何を研究したいのか大学院に入る前に徹底的に考え、納得のいく研究テーマを定める事」が、良いSOPを書くためにも、自分に合った進学先を選ぶためにも、そしてそもそも自分が本当に政治学者になりたいのかを確かめるためにも極めて重要であるという点は、最後に強調しておきたい。

自己紹介と執筆動機

自己紹介

吉村 駿佑 (よしむら しゅんすけ)

1997年 東京生まれ

2016年 麻布高校卒業

2018~2019年 ジョージ・ワシントン大学に交換留学(外交問題評議会にて4か月インターン

2020年 京都大学法学部卒業

2021年 シカゴ大学社会科学修士課程政治学専攻修了

2022年 ロチェスター大学政治学部博士課程入学予定

専攻:数理政治学、研究関心は政治制度設計とアカウンタビリティ

 

出願校:Stanford GSB, Princeton, Rochester, Columbia, Chicago (Political Economy), NYU, Harvard, Washington St. Louis, Caltech, Emory, Berkeley

合格校:Rochester, Emory

ウェイトリスト:NYU(辞退),*1 Washington St. Louis(辞退), Berkeley(不合格)

 

執筆動機

このブログを執筆した動機は主に2つあり、①アメリ政治学博士課程に進学した日本人による受験体験記が他分野に比べて非常に少なく、これが受験を難しいものにしている事、②計量政治学については近年留学する学生が増えているため、各種の留学説明会を通じてかろうじて受験情報が広められているのに対して、数理政治学に至っては受験情報が全く存在しないという点です。

結局のところ入試で重視される要素は大学によって異なるので、ここで紹介している事が唯一の正解ではありません。また私は一応志望度の高い大学に進学できましたが大成功とも言えない結果に終わったので、反面教師として批判的に読む方が適当かもしれません。しかしいずれにしましても、ある程度の相場観を掴む上では有益だと信じています。アメリ政治学博士課程を目指す日本人学生が、なるべく正しい情報を基に出願準備をして合格される事の一助となれれば幸いです。

なお、以降の投稿につきましてはなるべく簡潔な文章とするため常体での執筆とする事をご容赦ください。

*1:オファーの返答期限直前になると、ウェイトリスト内で合格可能性のある出願者に対して「もしオファーを出したら受諾するか」という確認が面談やメールを通じて行われます。私の場合もそうした確認をNYUとWashington St. Louisから頂きましたが、その時点でRochesterへの進学意志が固まっていたため辞退させて頂きました。