ロチェスター大学政治学部では14科目の履修が必要であり、最初の1年は各学期4科目ずつ履修して授業に集中、2年目と3年目はそれぞれの年度終わりに提出する2nd-Year Paper・3rd-Year Paperに向けて授業と並行して研究も行い、4年目以降はPhD Candidateとして研究に集中することになる。こうしてインプット主体の学生的な生活から、アウトプット主体の研究者的な生活へと自然と移行できるよう設計されているのだろう。
したがって今期の振り返りは授業の振り返りということになる。授業に関する最初の投稿なので、まずは3年間を通じた履修計画を簡単にまとめておきたい。ロチェスター大学では数理と計量のコア科目を各一年履修する事になっているのだが、数理については修士課程で近い内容を履修していたため、前期の後半部分のみ聴講し、残りは免除されることになった。自分は数理政治学を専門にしたいと考えているので、まず1年目は2年生向けの数理政治学科目(pure theory+applied theory)を概ね履修してしまうことで自分のやりたい研究と先行研究の中での位置づけを明確にした上で*1、2年目は経済学部でミクロ経済学・経済数学(pure theory)を履修し方法論的基礎を強化するという計画にした。本来はpure theory → applied theoryというのが自然な履修の順番だと思うが、経済学科目は政治学科目に比べて1科目あたりの負担が大きいため、1学期4科目履修する必要がある1年目に履修するのはリスクが高いと判断した。また経済学科目の方が数学的な難易度が高いので、数学的ステップアップという意味ではこの順番が適当とも言える。加えて2nd-Year Paperに着手する前に自分のやりたい研究を明確にできるという点も、この順番で履修するメリットだと思う。
計量についてはコア科目に加え、数理とも関連が深くロチェスターの特色でもある構造推定はどこかのタイミングで聴講しておきたいと考えている。最後にサブスタンスについては最低5科目の履修が必要であり、自分はAmerican PoliticsとComparative Politicsからちょうど計5科目取りたい授業があるので、これらを3年かけて1科目ずつ履修していくことにした。これは、リーディング科目を一度に複数履修すると大変なあまり一つ一つが雑になってしまうため、なるべく1学期1科目の履修にすべきという交換留学時の経験をふまえての作戦である。
今期は4科目を履修し、加えて上で触れたように数理のコア科目を聴講した。
- Mathematical Modeling: 数理のコア科目の前半で、個人の意思決定 Individual Choiceと社会的選択理論 Social Choiceをカバーし、後期のゲーム理論と合わせて数理政治学の基本的なツールを学べるようになっている。合わせてReal Analysisの基本も学べるので、性格としてはミクロ経済学と経済数学の中で政治学にも有用な部分を抽出したという感じである。これは他の大学では見たことがないロチェスターならではという授業で、感銘を受けた。さらに先生はpure theory寄りの抽象度の高い研究をしている教授なので説明は厳密さを重視しつつ、しかし同時にとても分かりやすいという最高のバランスで、内容だけでなく授業の仕方まで素晴らしかった。先生はいずれ講義ノートを出版するつもりなのかもしれないが、もしそうなら定番の教科書となるのは確実である。聴講にしたため結局Problem Setを解かずに終わってしまい、後期の中級ゲーム理論は過去に2度履修しているためさすがにもう繰り返さなくていいにしても、この科目に関しては正規に履修してもっとコミットすべきだったと少し後悔している。冬休みの間にしっかり復習して頭に叩き込んでから後期に進みたいと思う。
- Game Theory: コア科目後半の中級ゲーム理論(教科書はGibbons, Osborne)に続き、上級ゲーム理論(教科書はFudenberg and Tirole)をカバーするpure theory科目である。この授業もMathematical Modelingと同じ教授が担当だったので、難しい内容もあったがとても分かりやすかった。(例えばナッシュ均衡の存在証明は最初に勉強した時に最もチンプンカンプンとなりやすいトピックの一つだと思うが、この授業を通じてupper hemicontinuousというReal Analysisの概念を学んだことで、完全に理解したとは言えないまでも初めてちゃんと意味が分かった。)政治学部の学生ではない人たちも受けに来ていて、もしかすると経済学部の学生かもしれないが、たとえそうだとしても不思議ではないくらいハイクオリティな授業だった。こうした上級レベルのゲーム理論の授業も、ロチェスター以外の政治学部では中々お目にかかれないと思う。
- Models of Democratic Politics: 数理政治学のapplied theory科目の1つである。前半は議会におけるBargainingのモデルを体系的にカバーし、最後はモデルの結果をデータ上で計算する手法を紹介するという内容だった。後半は有権者や政党など様々な民主主義のモデルを概観した。前半については恐らく先端的なテーマであり、このように厳密な理論から直接実証的予測に結び付けるタイプの研究が今後増えていくのだろう(しそうなるべきだろう)という印象を受けた*2。ただ抽象的で数学的に難しい議論が多く十分理解できなかったので、来年経済数学を学んでから再来年もう一度聴講したい。後半についてはより具体的な内容だったので理解はできたが、必ずしも前半の応用トピックというわけではなくやや雑多な印象を受けてしまった。もう少し体系的にトピックを選んでくれると「この授業ではこれを学んだぞ」というのが明確になるので、学生としてはありがたいところである。主な課題としてResearch Paperが課されたが、教授の方から全員との個人ミーティングを何度も設定してくれ、教授の指導に対する熱意を感じた。その甲斐あって最後の研究報告では、学生に丸投げだったもう一つの授業とほぼ同じメンバーとは思えないほど、皆面白い報告をしていた。大学院生なのだから学生に丸投げしてそれでも皆コツコツやるというのが本来あるべき姿だとは思うが、実際問題面倒見の良い指導スタイルの方が学生のパフォーマンスが良いのであれば、こうした指導方法をとる方が現実的に良いのだろうと感じた。
- Bureaucratic Politics: American Politics科目の1つである。官僚制の主要なトピックに関する最近の研究を概観し、全員がほぼ毎週1本の論文を報告した。毎週のリストには理論研究と実証研究が両方含まれていることが多く、自分はほぼ毎回理論研究を報告した。理論研究は実証研究に比べて研究フォーマットの自由度が高いので、それぞれの論文が持つ構造をクリアに伝えられるような一貫したスライドを作成するのに毎週1日はかけ、良い訓練になった。合わせて以前から気になっていた論文を数本熟読する機会が得られたのも有意義だった。加えて期末のペーパーを利用して今後取り組みたいと思っているテーマのResearch Proposalを書くこともできたので、授業構成自体は非常にシンプルだが、うまく付き合うことで色々と得るものが多い科目だった。
- The Art and Practice of Data Analysis: 計量のコア科目の前半で、内容は通常の計量経済学だった。ただレベルが経済学部よりは難しく経済学博士よりは簡単という中間的なレベル(恐らく経済修士に相当)に設定されていたため定番の教科書で該当するものがなく*3、リーディングは1つのメインの教科書が指定されるのではなく様々な教科書の章や論文の組み合わせから成っていた。そこまでは良いとしても、それらが必ずしも授業の内容とマッチしているわけではないため予習や復習に使いづらかった。おまけにスライドや講義ノートを配布せず教授の読みづらくあまり整理もされていない板書で講義が進むため、授業の構成が分かりづらく、今まで受けた方法論の授業では最悪の授業形式だったと言わざるを得ない。実際入学時に聞いた先輩たちからの前評判も非常に悪く、授業アンケート等で再三抗議の声が挙がっていることも想像に難くないが、にもかかわらず改善されていないというのはなぜだろうか。しかもこれは必修科目である。そこまで難しくない内容を不必要に難しく感じさせる授業形式のせいで、博士課程の学生全員が迷惑を被っているのだ。個人的には京大経済学部で受けた計量経済学の講義がとても面白く、先生の教え方の素晴らしさのあまり一瞬計量経済学を専攻しようかという催眠術をかけられそうになったくらいだが、この授業は全く逆で、教え方の酷さのあまり計量分析へのモチベーションが下がってしまった。しかしこれで計量分析が嫌いになってしまっては教授の思うツボなので、来期の計量科目は楽しむ心の準備をしておきたい。
今期を総じて言えば、まずはMathematical Modeling・Game Theoryの2科目を通じて、数理に関して最低限の基礎固めができた事が大きい。これらの科目を担当しているMark Fey教授から数理の基本を教われたのは本当に幸運だと思う。Models of Democratic Politics・Bureaucratic Politicsの2科目では、以前から取り組みたいと思っていたテーマについてそれぞれResearch Paper, Research Proposalを書くことで今後の研究の出発点を築けたという収穫があった。したがって、博士課程最初の学期としては悪くない滑り出しだったと思う。
来期の目玉はSocial Choice, Bargaining, and Electionsと Voting and Electionsという2つのapplied theory科目であり、加えてAmerican Political Instituionsという科目を通じて自分のサブスタンスの関心である政治制度も勉強できるため、ロチェスターにおいて最も自分の研究関心に近い内容を勉強できる学期になると思う。悪くない滑り出しとは言ってもやはり今期は初めての学期という事でうまくいかない事も多かったので、大事な学期である来期は反省をふまえ必ず充実した時間にしたい。
*1:前回の投稿で紹介したように、国内政治の主要なモデルは大体カバーできる講義群が開講されている。
*2:まだ実際に学んだことがないので自信はないが、これが構造推定というアプローチなのだと思う。構造推定と言えば実証研究のアプローチの一つだと理解しているが、こうして実例を見てみると高度な理論への理解を要するため、分野全体として理論への理解が浅い政治学でやる人が少ない理由も分かった。
*3:後期の講義はMostly Harmless Econometricsが教科書だが、この本は因果推論に特化した内容なので、計量経済学全般を扱った同レベルの定番の教科書というのはないのかもしれない。実際、山本鉄平先生のホームページで公開されているシラバスを見ると、MIT政治学部の計量シークエンスの1つ目の講義では学部レベルの方のWooldridgeが教科書とされている。