Rochesterで数理政治学を学ぶ

アメリカ政治学博士課程留学サンプル

2024年春学期振り返り

今期は数理政治学を履修、経済数学とミクロ経済学を聴講しつつ、もっぱら2nd-year Paperに取り組んでいた。指導教官の一人から「ほとんどの2nd-year Paperを超える論文だと思う」と言って頂けたので、それなりに有意義な学期にできたのではないかと思う。「MPSAに申し込むべきか悩んだ」という投稿を以前にしたが、MPSAを完成目標として2nd-year Paperを進めた事で通常は8月末の締切のところ4月末に一応の完成を迎える事ができ、プレゼンもそれなりに手応えを感じる事ができたので、MPSA参加は正解だったと思う。本来2年生は学部から学会渡航費が支給されないのだが、指導教官の先生方が研究費から費用を出して下さったので最小限の自己負担で済んだ。論文自体も先生方のフィードバック無しには完成しなかったのは明白だし、金銭的支援までして下さって先生方には頭が上がらない。3年生になれば学部から渡航費が支給されるようになるので、今度は来年のMPSAに報告するのを目標に、この夏から3rd-year Paperを進めていきたいと思う。

Models of Domestic Institutions

基本的にはGehlbachのFormal Models of Domestic Politics 1-7章を解説しつつ、関連論文を学生が報告するという授業だった。修士課程の時にシカゴ大学で著者本人による同様の授業を受けていたので、正直内容に関してはほぼ復習だった。にもかかわらずこの授業を受けてよかったと思うのは、論文報告の前にスライドを添削してくださったので、理論研究報告のスライド作りが上達したためである。またMPSA前には一授業丸々割いて私のプレゼンを改善するための検討会まで開いて下さり、MPSAでの報告がうまくいったのはこの授業のお陰である。授業を通じて指導教官の一人であるDan Alexander先生との関係を深められたのも良かったと思う。

Mathematical Economics

測度論的確率論の授業である。事前にミクロ経済学専攻の先輩から「この授業では必要以上の内容をやるかもしれない」という忠告を受けていたが、それは的中していたように思う。ミクロ経済学者や計量経済学者といったPure Theoristは測度論を本格的に勉強しないといけないかもしれないが、Applied TheoristはStokey, Lucas, & Prescott Recursive Methods in Economic Dynamics 7章などを読んで基本的な用語を知ってさえいれば、あまり困らないのではないかと感じた。とはいえ今後経済理論の論文を読む機会が増え重要性を実感する可能性もあるので、その場合はその時に改めて勉強したいと思う。

Modern Value Theory II

ミクロ経済学コアの後半で、学期の前半が上級の非協力ゲーム理論、後半が協力ゲーム理論とメカニズムデザインを扱った。上級の非協力ゲーム理論については昨年度政治学部でも受けたので復習の内容も多かったが、新しい内容を学ぶ事もできた。具体的には、Supermodular Games、One-Shot Deviation Principleの証明、連続区間でのMixed Strategyあたりは初見だった。また先学期Real Analysisを既習である事が前提なので、政治学部の授業に比べてReal Analysisを多用したより数学的な解説が多かったように思う。

この授業を通じて気が付いたのは、初級・中級・上級ゲーム理論の内容の違いと、それに対応した使う数学の範囲の違いである。初級ゲーム理論は非常にシンプルな「図を書けば解けるゲーム」しか扱わないのに対し、中級ゲーム理論ではゲームの数学的定式化を通じてより複雑なゲームも扱う事ができるようになる。だが、依然として均衡が存在する事が分かっているような「典型的なゲーム」しか扱わない。上級ゲーム理論ではどのようなゲームであれば均衡が存在するかを明らかにする事で、「一般のゲーム」を扱う事ができるようになる。この内容面での違いが、「初級では確率や数列の計算くらいしかしないが、中級では図に書きづらいような連続区間も出てくるので微積分が必要になり、上級では均衡存在の証明にReal Analysisが必要になる」という形で、使用する数学の範囲に表れる。

この事を意識すると、通常上級で扱うような発展的トピック(例えばMarkov Perfect Equilibriumや均衡の精緻化など)でも、Real Analysisを使わずに議論できるなら中級の授業で紹介しても構わないし、逆に上級の授業では中級の授業でやるような基本的内容をスキップして、Real Analysisを使わないと議論できない内容に特化する事で、重複を避け効率的な授業が可能になる。このように中級と上級の区分を見直すと、政治学部で昨年度秋学期に受けた上級ゲーム理論の授業は少しだけReal Analysisに触れた程度なので本質的には中上級くらいのレベルであり、昨年度春学期に受けたAdvanced Formal Methods in Political Economyこそが上級ゲーム理論と呼ぶにふさわしい授業だった事が分かる。

話をミクロ経済学の授業に戻すと、後半の協力ゲーム理論については政治学ではあまり使われない(経済学でも近年ではあまり教えられていないらしい)のでざっくりと聞いていただけだが、メカニズムデザインのパートは面白かった。特に、抽象的な状況を考えているとギバード=サタースウェイトの定理(そしてその兄弟分であるアローの不可能性定理)が示す「望ましい社会的選択のルールは独裁制しかない」という悲しい結果に打ちひしがれる事になるのだが、仮定を足して具体的な状況を考えてやると意外にもポジティブな結果が出てくるという逆転が面白かった。具体例としては、中位投票者の理想的な政策が採用されるのはゲーム理論に基づく実証的な予測であるだけでなく、メカニズムデザインの観点からは耐戦略性(選好を偽る事で得をしない)を満たす規範的に望ましいルールでもあるのである。中位投票者ルールも独裁制もたった一人の意見を優先している事には変わりないが、偏った意見を優先しない事を保証している点で、中位投票者ルールの方が随分マシなルールだろう。メカニズムデザインは経済学ではマーケットデザイン(オークションやマッチング)という形で花開いているが、この例を見ると政治学でも有意義な応用ができる予感がする。この夏に色々と調べてみようと思う。