Jean Tiroleがロチェスターにやってきた。Tirole教授は規制政策に関する業績で2014年にノーベル経済学賞を受賞しており、今回も「デジタル時代のプライバシー」と題した企業や政府によるデータ利用への規制についての講演だった。規制を行うのは政府なので、(とりわけ権威主義体制における)政府自身のデータ利用をどう制限するかという問題に興味があったのだが、これについて決定的な解答は無いようだった。
一般向けの講演なので、一つの研究について詳しく解説するのではなくTirole教授がこれまで行ってきた様々な研究を概観していくというスタイルであり、そのため必ずしもテーマに沿った一貫した内容というわけではなかったが、"Moral licensing"に関する話は面白かった。これは、倫理的に望ましい振る舞いをする事で社会的に望ましい自己イメージが形成され、それ以降倫理に反した行為をする社会的コストがかえって減少してしまうという議論である。例としては、オバマ大統領(当時)への支持を表明する事が、かえって人種差別的ともとれる発言を増やしたという研究があるようである。これは心理学由来の知見なのだが、これを初めて数理的に分析した研究をTirole教授らが最近発表したようである。
今回の一般向け講演でTirole教授の本領を見る事ができたとは言えず、贅沢を言えば理論セミナーという形で話を聴いてみたかったが、ノーベル経済学賞受賞者の講演を聴いたのは初めてだった(シカゴ大学のセミナーでRoger Myerson教授が質問しているのは見た事があるが本人の講演を聴いた事はない・京大で山中伸弥教授の授業を一度だけ聴いた事はあるが経済学ではない)ので、良い記念にはなったと思う。
ロチェスター大学に来て2年が経ち、ノーベル賞受賞者とまではいかずとも第一線の研究者が毎週のようにセミナーに訪れる環境に慣れてきてしまった気がするが、ロチェスターを卒業すれば、アメリカのトップスクールに就職しない限りそのような環境は二度と得られないので、このありがたい環境を最大限活かすためセミナーへの参加・ビジターとのネットワーキングを積極的に行っていきたいと改めて感じた。と言いながら、Tirole教授とネットワーキングできるだけの勇気と業績は残念ながら自分にはまだなかった。