Rochesterで数理政治学を学ぶ

アメリカ政治学博士課程留学サンプル

2023年夏学期振り返り

大学の講義が無い夏の期間というのは「夏休み」という呼び方が一般的だと思うが、研究者にとっては(今はまだ受ける方だが将来的には教える方でも)講義の無い夏が最も研究を捗らせるべきシーズンであり、休みという呼称は休んでもよいという印象を自分自身に与えてしまい適切ではない(そして第一、普通の社会人は夏に3~4か月も休んでいない)ので、あえて「夏学期」と呼ぶ事にする。実際数えてみると、ロチェスター大学の夏学期は秋学期や春学期を超える16週間もあった。この期間を毎年休んでいたらどれだけの機会費用を計上してしまうかと考えるとゾッとする長さである。

では今年の夏はさぞ生産的に過ごせたという話をするのかと思いきや、初回の夏学期は残念ながらそうはいかなかったという反省の文である。だが同じ過ちを繰り返さないための教訓は得られたので、今後の備忘録として記録しておく次第である。

まず、夏学期に限らず一般に自分の(そして恐らく多くの人の)生産性が落ちるパターンには経験上次の6パターンがあると思っている。

①現在取り組んでいる対象に、強い興味が湧かない

②現在取り組んでいる対象が、今の自分のレベルに合っていない

③最適なスケジュールが組めていない

④ワーキングルーティーンの乱れ

⑤肉体的・精神的不調

⑥時期的な問題

分類としては、①②③が計画段階のミス(①②が「何に」取り組むのか、③が「どのように」取り組むのかについて)、④⑤が実行段階のミス、⑥が不可避的な現象である。

まず①「現在取り組んでいる対象に、強い興味が湧かない」については、講義については自分の興味をはっきり自覚した上で博士課程に来ているので履修ミスはほとんどなく、まして研究に関しては、自分が強い興味を持てる研究テーマを選択しているのであまり問題になる事はない。この夏自分が無意識のうちに苦しんでいたのは、②「現在取り組んでいる対象が、今の自分のレベルに合っていない」というパターンだった。(実は英語学習に関する以下の投稿で「『自分に合ったレベルの教材を使う事』がポイント」と述べているので、にもかかわらずこの事に気が付くのが遅れてしまったのは忸怩たる思いである。)

shunsukey.hatenadiary.com

すなわち、自分が博論で取り組みたいと考えているテーマはテクニカルに難しい問題であり、今はまだ十分な準備が整っていないにもかかわらず背伸びして取り組もうとしていた結果、全く進捗が生まれなかったのである。ではいつ準備が整うかというと、これから一年間経済数学とミクロ経済学の講義を通じて数学的・理論的バックグラウンドを強化する事で、来年の夏学期には自分のやりたい研究が自由にできるようになっているという計画である。これは博士課程入学当初からの計画ではあったのだが、これまで取り組もうとしていたテーマはこのステップを経る前でも取り組める比較的簡単なテーマだと勘違いしており、研究テーマのレベルを見誤った結果②の問題を招いてしまったのである。

遅ればせながらこの事に気が付いた私は、一から新しい研究をスタートさせるのを来年に延期し、1年目の講義で高評価を得る事ができたリサーチペーパーを発展させるという、より現実的な計画にシフトする事にした。そのペーパーは駆け出しの理論家の定石である「有名な研究の仮定を一部変更する事で結果に重大な変化がもたらされる事を示す」というパターンの研究であり、後続研究という性格上そこまで上を目指せるタイプの研究ではないのだが、今の自分にはそれが合っていると思う。(とはいえ同じ論文をベンチマークにした後続研究がJournal of Public Economicsという公共経済学のトップジャーナルに載っているので、頑張り次第では十分上も目指せるかもしれない。いずれにせよ、元の論文もその後続研究も、テクニカルにはそれほど難しい事はしていないが現実的に重要なテーマに取り組んでいるというタイプの研究なので、今の自分に合ったテーマ選びであるのは間違いないと思う。)

今の自分のレベルを適切に見極めなければ判断が難しい②は、中々に厄介な問題であると思う(目の前の課題が簡単すぎる場合は興味を失うので比較的気が付きやすいが、難しすぎる場合は興味は持続していて「もう少し頑張ればいけるかも」と思ってしまうので、自分にとって難しすぎるという事を自覚するのは特に時間がかかる)。その上さらに厄介なのは、自分が②のせいで進捗を生めていないという事を自覚できないと、「原因不明の生産性低下」という地球上で最も恐れるべき現象に直面するという事である。生産性低下の原因が分からないと、人はシンプルな解答を求めて「自分にやる気がないからだ」と錯覚する。そうするとやる気のない自分を責めて自己嫌悪に陥り、さらに生産性が低下するという最悪のスパイラルに陥ってしまう。これが「原因不明の生産性低下」という現象が持つ凶悪性である。

ここから未来の自分及び似たような経験があると感じた読者の方に伝えたい事は、「生産性低下の原因を安易に自分のやる気のなさに求めない」という事である。私の場合で言えば②「今の自分のレベルと課題のレベルの不一致」という事が真の原因だと突き止める事で、精神的に楽になったと共に生産性も大きく向上した。人によっては他にもありうる原因があると思うが、自分の生産性がなぜ低下しているのか、やる気のなさという安易な解答に飛びつくことなく、冷静に原因を分析して解決する事が重要だと思う(そもそも「やる気がない」というのは原因ではなく結果であり、上のような根本原因が奥に潜んでいるはずである)。その手助けとして、思い当たる原因を上のようにリスト化しておいて生産性の低下を感じる度に見返し、そこに原因がなければ新たに更新していくというのもいいかもしれない。自分の場合は、この投稿を今後も事ある毎に見返す(そして時には更新する)ことになると思う。

③「最適なスケジュールが組めていない」については、スケジュールを組む際に意識すべき点は主に「締切効果を利用する事」とそれ以外の点で「各タスクをこなすベストなタイミングを考える事」だと思う。締切効果とは締切の直前ほど生産性が上昇するというよく知られたテクニックであり、馴染みがない方は5000万回以上も再生されているこの有名なTED Talkをご覧頂きたい。

youtu.be

私が実践している例で言えば、私は「予習課題は授業のなるべく直前にやる」と決めている。これは授業という締切の直前ほど締切効果が発揮されるのに加えて、予習した内容が頭にハッキリ残った状態で授業を受けられるからである。復習課題については締切効果を考えると締切直前がいい一方、課題が出たらすぐに片づけてしまう方が授業内容が頭に残っているため効率的なので、どちらが良いかは難しい問題である。私の場合は、①とも関連するが「締切効果を利用せずともやる気が起きる興味のある課題はすぐに取り組み、あまり気の進まない課題は締切直前に取り組む」事にしている。このようにルール自体は明確なのだが、具体的にスケジュールを組む際にはタスク同士の都合が衝突するため、最適なスケジュールを組むというのは意外に難しい。新学期が始まる度に時間割に合わせてスケジュールを考え、非効率な点を少しずつ修正しながら学期を過ごしていくというのが学部生の頃からのルーティーンとなっている。もう何年も続けているルーティーンでも、未だに最適なスケジュールを組むのはTrial and Errorに時間がかかるので、計画段階のミスを減らすには不断の努力が必要である。

次に実行段階に話を移すと、④「ワーキングルーティーンの乱れ」については、自分の場合締切効果が働いていない限り家では生産的に過ごせないので、平日は授業がなくても大学に行く事が重要だと思う。毎日大学に行くというのは習慣化してしまえば何の事はないが、長い休みを挟んで一度失われてしまった習慣を取り戻すのは結構大変である。一方で「午前中に授業が無くても毎日同じ時間に起床する」という事は朝の英会話というペースメーカーを用いる事でおおよそできており、こちらは習慣化が成功している例である。大学院生/大学教授のスケジュールはフレキシブルなので気を抜くと簡単に不規則労働に陥ってしまうが、不規則労働は怠慢の基である。生産性を一定に保つには、「同じ時間に起床し同じ時間に大学に行く(帰宅時間はキリの良いタイミングに合わせて多少フレキシブルでもいいと思うが)」というワーキングルーティーンを維持する事が重要だと思う。

⑤「肉体的・精神的不調」を防ぐ事は、④のワーキングルーティーンを保つ事の裏返しである。起床時刻と合わせて就寝時刻も固定する事で安定した睡眠時間を確保する事は肉体的コンディションを保つために、平日のフリータイムや休日でしっかりとリフレッシュする事は精神的コンディションを保つために重要である。平日の日中真剣に頑張るためには、それ以外の時間で真剣に休まなければならない。

最後に⑥「時期的な問題」については、今の所どうしようもない現象であると考えている。五月に日本人の勤労意欲が下がる流行り病は有名だが、学生にとってより重要なのは学期の中での時期だと思う。1つの学期を4等分すると、第I期は新鮮な気持ちでモチベーションが高く、第II期と第IV期はそれぞれ中間試験、期末試験が視野に入る事でモチベーションが高まりを見せるが、第III期というのは中間試験を乗り越えた安堵感と期末試験までの猶予により中だるみしてしまいがちである。これについて根本的な治療法は現在の医療水準では存在しないようなので、罪悪感を抱えたまま無意味に非生産的な時間を過ごすよりも、いっそ中間試験後の一休みと開き直ってしっかりとリフレッシュし、なるべく早く休暇からの復帰を目指すという対症療法が現実的ではないかと感じている。

夏学期のこれまで3か月は、帰国して予定通り休んだ時期やRAを頑張った時期もあったので、2か月程度は有意義に過ごせたと思うが、残り1か月は上述のように生産性低下の原因究明が遅れた結果無駄にしてしまった。ようやくドラフトを先生たちに送って研究が前に動き出したので、残り3週間弱ではあるが生産的に過ごしていきたい。