Rochesterで数理政治学を学ぶ

アメリカ政治学博士課程留学サンプル

ミーティング記録② 鎌田雄一郎先生

このブログは主に留学中に記録に残しておきたい事を投稿しているのだが、授業やカンファレンスに加えて1対1のミーティングの記録も残しておこうと思う。

前回の投稿からわずか1週間で2回目の投稿をするとは思っていなかったが、今回は本当に初対面であるBerkeleyの鎌田雄一郎先生とのミーティングについてである。鎌田先生は日本人で最も活躍されているゲーム理論家のお一人なので、数理政治学専攻の人であれば知らない人はいないだろう。

お話した内容は”Squid Voting Game: Rational Indecisiveness in Sequential Voting”という先生のワーキングペーパーについてで、一言で言えば「Swing Voter's CurseをSequential Votingに拡張した場合にどのような事が生じるか」という論文である。Swing Voter's Curse(浮動投票者の呪い)とは「有権者全員の利益が一致している状況下では(この仮定は重要)、良い政策が分からない有権者は、良い政策が分かっている有権者に判断を委ねるために棄権する事が合理的である」という議論である。オリジナルの論文(Feddersen and Pesendorfer 1996)は有権者同時に投票する状況を考えているのだが、上の論文は投票を順番に行う場合に新たにどのような考慮が生じるのかを考えている。重要な結果としては、良い政策が分からない投票者には「これまでの投票の多数派が良い政策を反映している可能性が高いので、多数派に合わせて投票しよう」というインセンティブと、「良い政策が分からない以上、投票結果が確定してしまわないように今までの投票の少数派に投票して、後続の投票者に判断を委ねよう」という相反するインセンティブが発生するという点である。*1

ここで少数派に投票する際に気を付けなければならないのは、「あえて少数派に投票するという事は、この人は良い政策が分かっているのではないか」と後続の投票者が勘違いし、正しい選択であるか分からないにもかかわらず、その人の投票に追随してしまう可能性があるという点である。これは理論的には面白い指摘であるのだが、もし投票と共に「自分は良い政策が分かって投票している」もしくは「分からないで投票している」というメッセージを発すれば、投票者全員の利益が一致した状況を考えている以上そのメッセージは信憑性があるので(専門的にはチープトークにおける分離均衡が可能なので)、そのような誤解を与える心配はないのではないかというのが、私の主な質問であった。

先生の回答としては「それはもっともな指摘である一方、そうしたメッセージを発する事が可能だとしてもそれをしない状況(専門的には一括均衡)もありうる」というものだった。ゲーム理論の分析というのは合理的に発生しそうな状況をある程度絞り込むことはできるのだが、どれが一番もっともらしい状況かという事まで言い切れないことも多いので、最後はどれが現実的かという話になるのだが、私の指摘は「現実的にはその状況はもっともらしくない」というものであるのに対して、先生の返答はそれを認めたうえで「理論上はそういう状況もありうる」というものなので、お互いに間違った事を言っているわけではない。ここが純粋理論家と応用理論家の感覚の違いなのかもしれない。Pure Theorist (純粋理論家)にとっては現実的であるかよりも理論的発見として面白いかが重要である一方、Applied Theorist (応用理論家)はそれが現実の理解に役立つかどうかを重視する傾向があるので、そうした意見の相違は不可避だし悪い事でもないだろう。

ともかくこうした生意気な意見をふっかけた若者にも真摯に対応下さり、その他のアドバイスも下さった鎌田先生に感謝したい。理想的にはもっと理論を勉強して自分の研究も進んだ状況でお会いできればよかったが、今後のキャリアで再び得られるか分からない貴重なミーティングの機会だったので、勉強不足を承知で思い切って話しに行ってよかったと思う。次にPure Theoristの方とお話する際にはPure Theoristも唸らせるようなもっと深い議論ができるよう、理論をしっかり勉強しようというモチベーションが高まった。それが今回のミーティングで最大の収穫かもしれない。

*1:この論文では棄権という選択肢はないと仮定されている。棄権を含めたモデルも拡張として議論されているが、恐らく理論的に面白いのが棄権ができない場合であるため、そちらをメインのモデルにしているのだと思う。