Rochesterで数理政治学を学ぶ

アメリカ政治学博士課程留学サンプル

2025年春学期振り返り

今期は博士前期課程最後の学期で、期末に学部全体の前で3rd-year paperをプレゼンした。プレゼンの出来については質疑応答のさばきを含め個人的に手ごたえがあり、指導教官達からも良かったと言ってもらえたので、成功と言えるのではないかと思う。これまでは自分の事を認識していない先生や学生もいたと思うが(冒頭で"I'm Shunsuke if you don't know me."と言ったらややウケした)、これでようやく「Shunsukeはこういう研究をしている学生だ」と学部の皆に覚えてもらえたのではないかと思う。

夏の間にProspectus Defenseという博論計画書の口頭試問があり、3rd-year paperを第1章、現在取り組んでいるペーパーを第2章、さらにこの前授業の課題を兼ねてプロポーザルを書いた第3章を組み合わせてプレゼンし、無事に認められれば晴れてPhD Candidateとして博士後期課程に進む事ができる。博士課程生活も折り返し地点に差し掛かっていて、まだまだ遠くの事と思っていたジョブマーケットが視野に入って来たのは恐ろしくもある。政治学では経済学の影響もあるのか、アメリカのアカデミア就活を行う場合博士課程を6年行うのが近年の標準になっていて、これは①アメリカのアカデミア就活ではトップジャーナル(Top 3もしくは、サブフィールドそれぞれに数誌存在するトップジャーナルが該当する)に1本パブリケーションないしR&R(政治学はR&R後にAcceptされる条件付確率が高めなので、R&Rでも実力証明として機能するらしい)を持っている事がほとんど必要条件になっている事、②最初のジャーナルへの投稿からAcceptまで平均2年程度はかかるらしい事、③多くの人にとってトップジャーナルを狙える論文を書けるのは最速でも3rd-year paperなので、最初の投稿を3年生の終わりとして、順調に行っても最初のパブリケーションは5年生の終わりになる事をふまえると、妥当なトレンドである気がする。とはいえこの前JOPにAcceptされたロチェスターの同期がいたり、International Studies Quarterlyにパブリッシュ済みの他大の同期がいたりと外れ値的な存在はいるので、その人達は5年生、ややもすると4年生でジョブマーケットに出ても十分戦えるだろう。そういう人達を横目に見ていると、自分もジョブマーケットまであと2年あると油断するのではなく、これから1年でトップジャーナルからのR&Rを勝ち取り来年ジョブマーケットに出られる準備を整えなければいけないと思う。特に数理政治学は年に2,3個しか公募が出ない極めて狭き門なので、チャンスは多ければ多いほど良い。これから1年は「来年ジョブマーケットに出るぞ」という緊張感を持って過ごしていきたい。

ジョブマーケットを意識し始めた事もあり、最近個人ウェブサイトを作った。大した情報は載せられずとも、サイトが無い人は本当に研究しているか怪しいと思われてしまうので、学会報告歴を載せておくだけでもちゃんと研究している事をアピールできるという意味があるのではないかと思う。これからもっと充実したサイトに育てていきたい。

https://sites.google.com/view/syoshimura

 

授業については、最後の履修要件であるComparative Politics2科目を受け、どこかのタイミングで聴講しようと考えていた構造推定の授業を聴講した。TAとしてはこれからも数年授業に参加し続けるが、これが学生側として受ける人生で最後の授業かと思うと少し感慨深いものがある…かと思ったが、正直実感は湧かなかった。別に今期で卒業するわけではないので、涙ぐむのもおかしいだろう。というか自分は高校や大学の卒業式でも泣かなかった薄情な人間なので、授業が終わるくらいで泣くわけがなかった。今は、これから教える側として授業に参加していく事への楽しみさが上回っている。

Political Institutions and Behavior

比較政治学コアの1科目で、政治制度論・行動論がテーマである。と言っても制度論パートは先生の専門である政党が7週中5週を占めるという偏った内容だったが、やはり先生が専門である政党の回で一番面白い話が聴けたので、これはこれで良かった気もする。授業形式の特徴としては、各論文から何を学び取ってほしいかを先生が明確に意識しており、各論文の要点を理解しているかを先生が学生にソクラテスメソッドで問うていくという形式だった。大学院のサブスタンスの授業はどうしてもランダムな議論に陥りTakeawayが曖昧になりがちという問題があるが、先生自身が責任を持って仕切ってくれるこの形式は良い形式だと感じた。ただこの形式は議論ではなく講義に近いので、これならいっそ講義の方が効率が良いのではないかとも感じた。ただそれだと学部の講義と大差ない内容になってしまうので差別化が難しいが、そもそも学部レベル→大学院レベルという積み上げ式学習が可能な学問体系を政治学が築けていない事に問題があるので、Formal Theoryを軸に政治学を理論的に体系化し、経済学のように大学院レベルの教科書を使った講義を可能にすべき、というのは以前の投稿で論じた通りである。ただこうしたファーストベストな形式が難しい政治学の現状をふまえると、「短い予習ペーパーを書かせて予習にコミットしてもらった上で、そこで出された論点もふまえながら有意義な議論となるよう教員が議論を主導する」というこの授業の形式はセカンドベストな形式であるように思う。

Models of Non-Democratic Politics

この授業は本来は権威主義政治に関する授業なのだが、実体的なテーマ別ではなく、使われている理論的手法別に論文を配置し、応用例として権威主義の論文を読むというメソッド寄りの授業で、個人的にはこちらの形式の方が興味を持ちやすかったのでありがたかった。先生からの講義が行われたのは、Moral Hazrad, Adverse Selection, Career Concerns, Coordination, Global Games, Commitment Problem, Dynamic Programmingの7回で、特に Coordination, Global Gamesについては先生の十八番という事もあって今まで知らなかったような話も聴けて面白かった。具体的には、Coordination Problemと言うと真っ先に思い浮かぶのは「両性の戦い」のような、初級ゲーム理論で学ぶComplete Informationの同時手番ゲームにおける複数均衡の問題だが、これに対してはフォーカルポイントのようなモデル外の議論を持ち出して、お茶を濁したような説明で解決してしまう事が多い。だがGlobal GamesはIncomplete Informationを導入する事で、モデル内で複数均衡の問題を解決し均衡を一意に絞り込むため、より理論的に面白い説明を与える事ができる(理論的に面白いというだけで、現実にはフォーカルポイントのような面白くない説明の方が妥当なケースもいくらでもあると思うが)。せっかくIncomplete Informationを導入したのに、優越的な情報を持った政策決定者が、Coordinationしようとしている集団に対して政策等を通じてシグナルを送る事でComplete Informationに近い状況が実現し、複数均衡の問題が再び現れるというGlobal Gamesの趣旨に逆行するような論文も紹介された。この辺りの話はやはり専門の人にしかできない深い話で面白かった。

また面白かったのは、先生自身がAPSRにパブリッシュした論文の査読レポートやそれに対して書いたResponse Memoを共有してくださり、査読プロセスを具体的にイメージさせてもらえたという企画である。講師であるScott Tyson准教授はロチェスターでも屈指の業績があり、査読をどう勝ち抜くか等Practicalな側面については信頼のおける先生なので、個人的には研究関心が近くないので内容面のアドバイスを受けるのは難しいが、今後も3年生以上が研究を報告するGraduate Research Seminarを通じて形式面でのアドバイスは仰いでいきたい。

Structural Modeling and Estimation

ロチェスターの強みの一つである構造推定の授業である。在学中どこかで聴講しようとのんびり考えていたら、講師であるSergio Montero助教授が今年でロチェスターを去られる事になり、慌てて今年聴講した。シラバスには理論と統計を組み合わせるとは書いているものの、実際に見てみると8割方は計量経済学+Computational Methodという感じだったので正直興味が湧かずに聞き流してしまっている部分も多かったが、一方でContraction Mapping TheoremやFixed Point Theoremなど経済数学の授業で習った位相関連の話もチラホラ出てきて、普通の実証政治学者は知らないレベルの理論的知識も要求されるのでそりゃ政治学では流行らないわけだと納得がいった。構造推定は「理論を真剣に考慮した実証研究」という感じなので経済学ではストレートに実証研究者がやっているが、政治学ではこうした理由からテクニカルな手法が好きな理論家の一部がやっているという感じで、中々流行っていない印象である。構造推定のJob Market Paperを書く事は例外なく認めないと述べながら構造推定の授業をしているようなロチェスター出身の先生もいるくらいなので、テニュア取得後にやるべきタイプの研究なのだろう。ただ経済学の因果推論vs構造推定の論争でも「両者は補完的な手法」という結論に落ち着いているようだし、流行らずとも重要な手法である事には変わりないので、同じく流行らずとも重要性は認識されているFormal Theoryと並んで一緒に発展していってほしいと思う。ロチェスターはその発信源であったはずにもかかわらず今回構造推定の専門家がロチェスターを去られるのは痛手と言う他ないが、最後に滑り込みで受講できたのはせめてもの救いだった。

 

もうすぐ3度目の夏が始まる。2度の夏を通じて、ペースメーカーとして研究以外のタスクをそこそこ抱えている事が生産性を最大化させるという事実にようやく気が付いた私は、今年の夏2つのRAの仕事を引き受けた。(私は「研究生産性=ー(研究以外の仕事量ー研究以外の仕事の理想量)^2+定数」という生産性関数を持っていると思う。研究以外のタスクで忙しすぎると研究する暇がないが、逆に研究しかやる事が無いと時間を有効活用しようという意識がなくなり生産性が低下する。)1つ目は文字通り研究の補助で、一緒に働く助教授はロチェスターで一番関心が近い先生で学生と積極的に共著もしているので、もしかすると共著(もっと言えば今後の継続的な共著関係)に繋がる可能性もある重要なプロジェクトである。2つ目は、正指導教官のレクチャーノート教科書化プロジェクトの校正作業である。前者のRAの方が今後のキャリアに関わる重要な仕事ではあるが、研究は投入したインプットに対してすぐにアウトプットが返ってくるようなタスクではないがゆえにprocrastinateしがちなのに対し、校正作業のような努力の成果がすぐに表れるようなタスクを1日の最初にする事でやる気を出しやすいのではないかという仮説を立てたので、今回実験的に引き受けてみる事にした。3度目の正直という事で、この夏こそ「充実した夏だった」と言える時間にしたい。そうでなければ、「1年の中で夏休みが一番嫌い」という全人類を敵に回しそうな人間になってしまいそうである。