オンライン英会話を始めたのは大学1年生の時なので、もうすぐ8年が経過する。最初の頃はサービスが提供する様々な教材を試していたが、更新のない教材はすぐに底をついたので、結局毎日記事が更新されるデイリーニュースという教材に落ち着いた。それ以外でこの教材の良い所は、①通常のニュース記事より語彙レベルが抑えられているので辞書をほとんど引かなくてよく、会話に集中できる、②Discussion Questionsが付属しているので、先生・学生の質問を考える能力に依らず最低限議論が可能、という2点である。初学者にはとてもありがたい教材で、自分も最初の数年はお世話になっていた。しかしある時突然デイリーニュースに飽きが来た。毎日数記事が更新されるといっても必ずしも興味のある記事が更新されるわけではなく、むしろ興味の無い記事が大半だった。初学者のうちは上記のメリットを優先していたが、ある程度英会話に慣れた事で①面白さを優先して難しい記事に挑戦してもいいのではないか、②自分も質問を考える余裕が出てきたし、また積極的にオリジナルの質問をしてくれる先生を選ぶ事で、付属のDiscussion Questionsなしでも議論が可能ではないか、という考えに至り、通常のニュース記事を持ち込んで英会話をする事に決めた。
ニュースサイトを色々試したが、大学の国際政治学ゼミで輪読していた経緯もあって馴染みがあり、政治ニュースも多く扱っているThe Economistが教材に落ち着いた。Economistの良い所は、普通の新聞で言う所のオピニオン記事だけで構成されているので、記事の意見に対して読者が賛成or反対という形で意見を持ちやすいという事である。事実を淡々と紹介する通常のニュース記事ではDiscussion Questionを思いつくのが難しく会話が停滞しがちだったので、この点はEconomistが英会話教材としてお勧めできるポイントだと思う。ただし難点としては、他のニュースサイトと比べても語彙レベルが非常に高い。ネイティブの先生でも知らない単語が頻繁に出てくるほどである。GREを受けた事がある人であれば、GRE用の単語帳に載っているような単語がゴロゴロ出てくると言えば伝わるかもしれない。GREを受けた事がない人には、難しい言葉ばかり使う日本語の堅苦しい論説記事を英語で読んでいると言えばイメージが伝わるかもしれない。人文科学の研究者は非常に高い語彙レベルが求められるのでちょうどいい訓練になる気もするが、自然・社会科学の研究者にとってはオーバーワークであるのは否めない。全ての知らない単語を調べていると会話の時間がなくなってしまうので、自分の場合は文脈からおおよその意味を推測できる場合はスルーし、その文を理解する上で重要だと思われる単語だけ調べるという形で読み進める事にしていた。このように形式面での難はあるものの、デイリーニュースに比べると興味のある記事がたくさんあるので、内容面ではこれがベストな教材ではないかと思って数年を過ごしていた。
しかし最近、とうとうEconomistにも飽きが来た。興味のあるトピックが多いと言ってもニュースが常に斬新な視点を提供してくれる事はなく、違う出来事に対しても似たような主張が繰り返され、それをふまえた議論もパターン化してしまうようになった。そこで、次々に新しい視点を提供してくれるような面白い教材はないだろうかと考えて至ったのが、論文のイントロダクションである。研究者でもなければ大学で政治学を専攻したわけでもない英会話の先生に論文は難しすぎるのではないかと思うかもしれないが、政治学は専門用語が少なめで、かつ専門用語も日常的に使う単語の組み合わせでできているので、専門外の人が見た時に呪文が羅列されていて圧倒されてしまうという事がない。それに政治学の総合誌のイントロダクションはなるべく平易に書くという慣行が徹底されているので、前提知識がなくてもある程度理解できるようになっている。加えて政治学の文化として、イントロダクションは研究の問いだけでなく答えやその解釈まで書き、イントロダクションが長めの要約になっているというのも、イントロダクションを単体でself-containedな教材として使いやすいものとしている。しかもアカデミック英語はメディア英語よりも語彙レベルが抑えられているので、辞書を引く必要も全くない。このように論文のイントロダクションは、内容面でニュース記事より面白く、形式面でもニュース記事以上に使いやすい教材であるという事に気が付いた。
ただいくら「政治学に専門用語が少ない、イントロダクションも平易に書かれている」と言っても、専門外の人にとって分からない内容が出てくるのは不可避である。これは一見論文の短所かもしれないが、これはむしろ長所であると感じている。というのも、分からない内容は質問するように先生にお願いする&専門的だと思う内容は質問されなくてもこちらから説明するという形で、英語で分かりやすく説明する練習を積む事ができるからである。これは特に、英語で学部生の授業を持つことになった場合のシミュレーションと言えるだろう。「論文のイントロダクションを一緒に読みながら適宜説明、時間が余れば議論」という先生・学生逆転講義が、現在私が採用している英会話である。
この方式は、自分が専門外の論文を読む機会を作り自分の視野を広げてくれるという副産物もあると思う。博士課程になると自分の専門以外の論文を読む機会は少なくなり、かといって本業の時間を削ってまで専門外の論文を読むのは気が進まないので、どうしても視野が狭まってしまう。そこで専門外の内容のワークショップにも積極的に参加するよう政治学部の先生達から推奨されているのだが、強い関心のない話を1時間半じっと聴くというのは非常に苦痛である。しかし5~10分程度でイントロダクションだけを読むくらいなら、弱い関心でも前向きになれる。強い関心に対しては論文を通読したり1時間を超えるワークショップにも参加したり、弱い関心に対しては論文のイントロダクションだけを読んだりと、関心の強さに応じて相応の向き合い方があると思う。ただ、弱い関心のある論文のイントロダクションを読むという行為は中々習慣化しづらいと思うので、それを毎日の英会話とセットで実行してしまえれば画期的だと思う。
また、論文について議論するというのは授業でもやっている事だが、授業よりも気兼ねなく意見を言えるので、この英会話はもしかすると授業以上にタメになるかもしれない。授業はその分野を専門とする先生や学生がいるので、専門の人の意見を聴く事ができるという点はメリットなのだが、どうしてもその人達の意見が権威化してしまって、専門外の学生が意見するハードルが高いというデメリットがある*1。英会話では授業と違って読みたい論文を自分で選べる上に、自由に意見できるというメリットも重なって、論文に対して授業以上に前向きに取り組めているような気がする。
最後に、ニュース記事は購読にお金がかかるが、論文は大学に所属していればタダで読めるというのは、お財布事情の厳しい大学院生にはありがたい。こんなにメリット尽くしの英会話教材になぜ今まで気が付かなかったのかと自分を呪いたくもなるが、デイリーニュースからEconomistに切り替えた時のように、自然と教材を変更したくなった今がその時という事なのかもしれない。この試みはまだ始まったばかりだが、マンネリ化してモチベーションが下がりかけていた英会話を再び面白いものに変えてくれる事を期待している。
*1:そう考えると、議論の授業では先生はなるべく話さない、また分野に詳しい学生が議論を支配しようとした時には積極的に反駁する事で他の学生が話しやすいようにする、といった配慮が必要かもしれない。専門の人の意見を聴きたいという需要もあるのでは、と思うかもしれないが、それなら初めから議論ではなく講義にすればいいので、あえて議論形式にしている以上は、なるべく全員が参加しやすい空気を作る事が重要だと思う。